第27話 会長からのお墨付き


 叔母の気遣いで休憩をもらった私、八百三椿と真竹くんは、話をするため店の裏庭に移動した。


 ただ二人きりになったというだけなのに、心臓の鼓動が途轍もなく早く感じる。


 今まで彼とは何度も会話をしてきたがこんなことは一度もなかったのに。


「そ、それで話というのは何だい?」


 焦りなのか緊張なのかはわからないが、不安定な心理状態を誤魔化すように、早口で私は用件を尋ねる。


 すると、真竹くんは一度姿勢を正してから口を開く。


「八百三先輩に一つお願いがあるんです」

「お願い……?」

「はい。生徒会選挙について」

「――っ!?」


 まさか、これ以上不必要に勧誘をしないで欲しいということだろうか。


 確かに彼からすれば、振られた相手から何度も迫られるようで不快だったかもしれない。


 だが、生徒会という口実がなくなってしまっては、私は彼に話しかけることができなくなってしまう。


 嫌だ、それだけは嫌だ……っ!


「い、一応確認したいのだが、生徒会に入る気になったとか?」

「まあ、条件次第ではといったところです」

「そうか、やはりダメか……って、えっ?」


 苦し紛れにダメもとで聞いてみたのだが、今、彼は何と言ったか。


 条件付きとはいえ、生徒会に入る気がある?


「そ、それは本当かい!?」

「はい、条件さえ呑んでもらえれば」

「そ、そうか、本当か……っ!」


 どうやら聞き間違いではなかったらしく、先ほどまであった何ともいえない感情が、途端に喜びのものに変わる。


「それで、条件というのは?」

「はい。さっき一緒にカフェにいた郡山さんについてなんですが……」

「ああ、郡山さんがどうかしたのか……って、ん?」


 どうして今、彼女の名前が出てきたのだろうか?


 な、何だかとても嫌な予感がするのは気のせいだろうか……


「どうしたんですか?」

「い、いや何でもない。続けてくれ」

「はい。郡山さんは生徒会に興味があるらしいんです」

「ほ、ほう。それは会長として喜ばしいことだね。それで?」

「会長には郡山さんの選挙のバックアップをして頂けないかと。もちろんその分、俺からも会長に対価を提供するつもりです」

「なるほど。そ、それで対価というのは?」


 ひょっとして、私と、つ、付き合ってくれるとか――


「先輩のお望み通り、俺も生徒会役員選挙に立候補します」

「――」


 一瞬でも夢見る乙女のようなことを考えてしまったことを恥じたい。


「先輩?」

「い、いや……」

「――っ、もしかして、条件としては不十分でしたか?」

「そ、そんなことは……っ」


 言えるわけがない、羞恥心でまともな判断ができないなどと。


「その、答えはすぐに出したほうがいいだろうか?」

「そうですね……早い方が助かります」

「そ、そうか……」


 時間がないというのなら、考えるしかない。


 真竹くんが立候補するというのなら、私は全力でバックアップするだろう。


 そうすれば、彼が落選するということは考えられない。


 そして、彼が生徒会に入ればOGという形で自然に会いに行くことができる――


「わかった、その提案を受け入れよう」

「――っ、ありがとうございます!」


 私の答えを聞いて、今日初めて彼が笑みをこぼす。


 何とも愛おしい素朴さを含んだ笑みなのだろうか……そしてそれが、自分の決断によるものだというのだから、なお更尊い。


「それでは先輩。詳しい打ち合わせは週明けに」

「あ、ああ。それまでに私のほうでも具体的な方針について考えておくよ」

「それでは改めて、これからよろしくお願いします。では俺はこれで」


 これ以上私の仕事を邪魔してはいけないからと、彼は足早に店を後にする。


 そして、ようやく落ち着いたところで私は気づいた。


 郡山さんの生徒会入りのために、自分も選挙に出るということは――


 一緒に生徒会活動をしたいということでは? それはつまり――


 自分が二人の愛の架け橋になろうとしている。


 そのとんでもない事実に気づき、私は再び精神を取り乱すのだった。


         ※※※


 週が明けて迎えた月曜日。


 ついに生徒会役員選挙に関する情報が公開された。


 これから一週間で立候補者の受付けを行い、それが終わるとポスター作製や校内でのあいさつ回りといった本格的な選挙活動がスタートする。


 俺と郡山さんは、選挙管理委員会に立候補届を出す前に、西日が僅かに差し込む放課後の空き教室へと足を踏み入れた。


「真竹くん、待っていたよ」

「待たせてすみません、八百三先輩」


 教室へ入ると、八百三先輩を含めた三人の現生徒会メンバーが待っていた。

 

 そして、彼女たちの姿を見たところで、隣に立つ郡山さんが軽く俺の袖を引っ張る。


「あの、真竹くん」

「どうしたんだ、郡山さん」

「良い作戦って、もしかして――」

「そう、現生徒会長に手伝ってもらう。まあ簡単に言うと会長からのお墨付きをもらうってところだな」

「……」


 こんなの聞いてないって、そんな感じの顔だな~。


 俺の言葉を聞いて瞳を一瞬で虚無に染めた郡山さんを見てそう思う。


 まあ、今まで特に目立つようなことをしてこなかった郡山さんを、いきなり生徒会長が支援するのだ。

 そのことで生じるプレッシャーを考えれば仕方がない。とはいえ――


「これで選挙が不安とか、考える必要はないだろ?」


 生徒会長のお墨付きということで、強いプレッシャーがあるだろうが、その分、選挙で有利に動けるのは間違いない。


「というわけで、郡山さん。一緒に頑張って行こうな」

「――うん、わかった……って、一緒に?」

「ああ、俺も選挙に立候補することにしたんだ。もちろんこっちも会長のお墨付きでな」

「……そっか」


 一人でないと安心したのか、郡山さんの表情が少しだけ和らぐ。


「でも、いいの? 私に付き合う形になって」

「ああ。俺も出たくて出るからな」


 もちろん、八百三先輩からバックアップをもらうための条件として使えそうだと思ったのもある。

 だが実際のところは、郡山さんに言われて生徒会の仕事そのものに魅力を感じたからというのが大きい。


「だから、安心してくれ」

「わかった。なら一緒に頑張ろう」

「おう」


 郡山さんの不安が解消されたところで、八百三先輩は何度か咳ばらいをすると、この場にいるみんなに告げる。


「それでは人も揃ったということで、第一回作戦会議を始めようか」


 こうして、俺たちの長いようで短い生徒会役員選挙戦は、始まるのだった。







 

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