第24話 八百三椿
私、
そして現在、その家を統括する立場にあるのが
私は祖母を尊敬していた。
芯の通った精神と立ち振る舞いに、人をまとめる力。他にも剣道から華道まで道と付くあらゆるものに精通している点などなど。
いつか祖母のようになりたいと、幼少期から私は強くそう思っていた。
そのため、私は定期的に学校で起こったことなどを祖母に報告していた。
祖母ならどうするのか、自分は間違っていないか助言を乞うことで、少しでも彼女の考えを学び、彼女に近づけると考えたからだ。
そして真竹覚士に告白された日の夜。私は彼の告白を断ったことを祖母に伝えた。すると――
「椿、お
今まで祖母に叱られたことは何度もあった。しかし、今回の叱責は、今までのものを遥かに凌駕していた。
祖母の考えていることがわからない私は、目に涙を浮かべながら恐るおそる怒りの理由を尋ねた。
「お主が最初に告白された時、ワシは何と教えた」
「……」
あれは中学に入ってすぐの頃だっただろうか、当時三年で最も人気がある男子生徒に告白されたことがあった。
そして、一度保留にして持ち帰り、祖母に相談したところ、断るの一択と言われた。
確かその時教えられたのが……
「人を見かけで判断するな」
「そうじゃ。付け加えるのなら、交際を申し込んできた男ならなおさら、じゃ」
祖母の言う通り、あの先輩は容姿こそ優れていたものの、遊び癖が強いということがわかった。
付き合っていたら、貞操は一人にだけ捧げたいという私の願いは叶わないところだったと、冷汗をかいたのはよく覚えている。
「あの時のことを踏まえて、真竹覚士とやらがどうだったか振り返ってみい」
祖母に諭すようにそう言われ、私は振り返った。
はっきり言って、彼に対する最初の印象は良くなかった。
彼が数か月ごとに女子生徒に告白し玉砕しているという噂は知っていたし、私に近づいてきたのはその一環だと考えたから。
実際、最初は基本的に私ばかりに彼は話しかけていて、副会長のように反感を覚えるものも少なくなかった。
だが、時間が経過するにつれて、周囲は彼の働きぶりに不満を漏らすことはなくなり、むしろ感謝するようになっていた。
当然、私もその中の一人で、彼の本来の目的を忘れ、このまま次期生徒会を任せたいと思うようになっていた。
そして更に時が過ぎた頃、ついにその瞬間がやって来た。
『八百三先輩。ずっと好きでした。俺と付き合ってください!』
ある日の放課後、私は彼に告白された。
その時になって、私は再び彼の目的を思い出して、悲しくなった。
『申し訳ないが、君とは付き合えない』
感情の赴くままにその言葉を口にした。冷静であったのなら、一度必ず持ち帰って検討するべきところを。
改めて振り返ってみれば、私は珍しく怒っていたのかもしれない。具体的にはわからないが、彼の何らかに対して。
とにかく一つだけ言えるのは、私には彼を的確に評価できないということだけだ。
「振り返ってみて、どうじゃったか?」
「私にはわかりませんでした」
祖母の問いに、私は力なく首を横にする。
「そうか、わからぬか」
「はい。申し訳ありません」
「まあ、わからぬということは、少なくとも今までお前に声をかけてきた男とは違うというのは確かじゃな」
「――っ、それは――」
間違いなく、確かな事実だ。
「これはお主の話を聞いて勝手に抱いた印象じゃが。真竹覚士という少年は一途で最後まで相手を大切にする者と見た」
「そ、その根拠は……」
「恐らく真竹少年は異性には縁遠いはずじゃ。そういった男は基本的に一度手に入れた女を絶対に手放さないものじゃ。それがお主のような美人ならの」
「――っ、び、美人などと……」
何がおかしいと首を傾げならも、さらに祖母はそれだけではないと続ける。
「普通なら、それほど玉砕を続ければ自ずと自信を失うものじゃ。それを真竹少年は勇気を出して次の出会いへと方向を転換させる。それほどまでの前向きな姿勢。中々身につくものではない」
「なるほど……」
それから祖母は真竹覚士という少年に対する考察を沢山語ってくれた。
そのどれもが的確で、何よりも客観的なものだった。正直、私にはそこまで人を客観的に評価することはまだできない。
それだけに、私は後悔した。真竹覚士の告白を断ってしまったことを。
私が自身の過ちを悔いる中、祖母はすぐにでもこちらか行動を起こすべきだと助言してくれ、すぐに私はそれを実行しようと試みた。
しかし、あの日を境に、彼は生徒会に顔を出すことはなくなった。
考えてみれば当然だ。
何せ、彼にはすでに生徒会にいる理由などなくなってしまったのだから。
それからひと月、私は何もできなかった。
彼に話しかけようと思えばできたはずなのに、いざそれをしようと思っても何をすればいいのかわからない。
異性との交流経験の不足がここに来て出てしまった。
このままこれで終わってしまうのだろうかと、そう考えていた時だった。
潤怜奈さんが転校して来て、件の暴力事件未遂が起きた。
次期生徒会の候補を考えなければいけない時期であった中で、彼女が現れたのはとても素晴らしいことだった。
さらには、彼女は覚士に対して好意を寄せているというではないか。
彼が生徒会に入れば、同じ時を過ごそうと彼女が入ってくれる。
ここでようやく、私は彼に声をかける口実を手に入れることができた。
私はすぐに生徒会への勧誘という口実で、彼を人気のないところに呼び出し、用件を伝えた。
そこで彼は私に言った。
メリットがないから生徒会には入りたくないと。
だから私は何かメリットを提示できないかと考え、咄嗟に言った。
「だからその、もし君が生徒会に入ってくれれば、わ、私が真竹覚士くん、君の彼女になろう……っ!」
自分でも半分何を言っているかわからなかったが、少なくともこれならメリットになるはずだと。しかし――
「すみません。それはできません」
「えっ――」
あっさりと私の申し出は断られた。
自分が振られた――その事実を瞬時に受け入れることができず、私は尋ねた。
「り、理由を聞かせてもらってもいいかな?」
「純粋に今は恋愛に興味がないので」
そ、それはさすがにおかしい……っ!
あんなに告白しまくっていた彼がいきなり恋愛に興味をなくしてしまうなど。
そうか、一度告白を断った相手からいきなりこんなことを言われれば、警戒するのも無理はない。
まずは、彼の警戒を解かなければ。
「その、真竹くん。まずは謝るが先だった」
「謝るって何を?」
「告白に対する返事だ。私は自分の力不足で、君という男性のすばらしさに気づくことができず、あんな答え方をしてしまった。本当に申し訳なかった!」
私が頭を下げると同時に、彼が困っているのが伝わる。
だが、まだこれだけでは終われない。
「信じられないというのは理解できる。ただ、今の私は心から君と付き合いたいと思っている。それだけは嘘ではないんだ。信じて欲しい……っ!」
さらに深く頭を下げ、自分の気持ちを真摯に伝える。すると――
「そ、その八百三先輩」
「何だ?」
「そもそも俺と先輩が仮に付き合ったとしたら、潤さん絶対に入らないと思います」
「あっ――」
冷静にそう指摘されて、ようやく私は自分が潤さんの思い人を横取りしようとしていたことに気づいた。
私は今までにないくらい顔を熱くさせて、そのまま地面にふさぎ込むのだった。
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