神とやら

 異界の穴に流れ落ちる滝がある湖で、釣りをしている老婆がいた。


「最近うるさいね」


 チラリと周囲を見渡し、遠くで戦闘している者たちを見る。怪物やどこかの世界の戦士や軍人などが激しく戦い、最近よく見る白い巨人を見てめんどそうに肩をすくめた。


「時期なのは分かるけど、もう少し静かに戦って欲しいもんだよ。一匹も釣れやしない」


 老人の楽しみを奪うのはやめて欲しいねと呆れていると、穴の底から何やら神聖な気配を感じ、神っぽい存在が飛び出してきた。


「誰だい?騒がしい」

「ほう、初めましてだな、異界の住人。私は神星帝国の軍団長、アストラ・カラミティだ。宇宙をまたにかける帝国軍団長である私が、直々にやって来たこと光栄に思うがいい」


 そう乗ったアストラは、老婆を一瞥し


「強さは……フッ、この程度か。そこらの雑兵以下ではないか。警戒して損をした。幹部共でも苦戦すると聞いてやって来てみればこのざまか。まぁよい、神の意向だ、この世界を案内しろ」

「断るよ。行く分には構わないから勝手に行っておく、あ……」


 神は戦闘力を見下し、威容で場を圧倒する。すると当然周囲が震え、魚が逃げる訳で


「……」

「なんだ、黙りこくって?」


 アストラは力の差がありすぎたかと、神気を抑えようとした。


 しかし――


「ッ!?」

「避けるかい」


 老婆の手がこちらに振られたと認識した瞬間に、全力で回避行動を取っていた。



「な、なんだ!?水滴!?」


 たった数滴の水滴が飛んだだけである。だがその一撃は決して甘く見てはいけないと本能が全開で警戒音を鳴らしていた。


「大したことないだろう?」


 そう老婆が言い、手に湖に浸ける。


「だから次は、もう少し多くするよ」

「なっ!?」


 老婆の手から放たれた水滴たちは、一瞬にしてアストラに届きその体を穴だらけに撃ち抜く。だがその傷も無かったかのように消え去り、更なる力の高まりを見た老婆は



「実体がないくせに慌てるんじゃないよ」

「来たれ!星に輝く災害よ!」


 天地を斬り裂くほどの雷が発生し世界を焦がした。


「派手なだけかい?」

「がぁ!?」


 それが一瞬で消し飛び、空間の歪みと共にアストラの体もねじ曲がり吹き飛ばされる。



「掴みにくいね、消し飛ばすか」

「はぁッ!!」


 水人族である老婆は手や周囲に少量の水を纏わせそう言う。だがアストラは老婆の言葉を無視し、今度は直接彼女に向かって飛びかかった。災害神の力を宿した拳が老婆を打ち砕こうと迫る。


 しかし、老婆はため息をつきながらその場で微動だにせず――


「……甘いね」


 わずかに重心をずらし、アストラの拳を紙一重でかわした。その瞬間、彼女の拳がシンプルに、しかし正確無比な軌道でアストラの顎を捉える。


「っ――!!?」


 アストラの体が宙へ浮き、すかさず一歩前に踏み込み、アストラを雷鳴のような衝撃音とともに地面へと殴りつけた。


「溺死もできるけどね」


 動けないアストラへと手を伸ばし、頭を掴むと共に水が纏わり付きアストラの意識が混濁する。


「すっ、!水災!」

「へぇ~」


 水の主導権を歪められ距離を取る老婆と、苦しそうに咳き込みながら体勢を立て直すアストラ。



「流石に能力者には負けるね」

「ふさげけやがって……!光災ッ!」


 空間に満ち始めた光が、一斉に老婆に襲い掛かる。だがそれを放った同時に、アストラは全力で回避をして、老婆の蹴りを避けていた。


「それも能力かい?」

「答える義理はない!」


 光が満ちる世界で互角に見える殴り合いの激闘が繰り広げられる。だがアストラにとってはギリギリの攻防であり、老婆の拳が繰り出されるたびに、その単純な一撃がアストラの防御を貫き、神気も存在も撃ち抜かれいた。


「貴様……!この程度で……!」


 アストラは信じられない思いで老婆を睨みつけた。老婆の動きは派手でもなく、力もありそうに見えないのに、一撃一撃が完璧に急所を捉え、気が付いたらアストラの体に確実なダメージを与えている。


「剣かい?にしては脆い」

「っ!?」


 アストラは剣を生み出し斬りかかるが、次の瞬間には粉々に砕け散る。それでもめげずに次はもっと強い剣で、もっと早い斬撃を放とうとした。


「それ以前だね」

「がぁ!?」


 しかし剣を振り切るよりも先に懐に入られ、アストラの腕は圧し折れ、響き渡る衝撃による眩暈と吐き気を受けながら後ずさる。それを見た老婆は軽く首を回しながら、不機嫌そうに口を開いた。


「やっぱ弱い」

「貴ッ!?」


 そう言いながら、一歩踏み込む。拳を振る動作すら見えない速さで――


「終わりにするよ」


 次の瞬間、アストラは破裂しそうなほどの衝撃を受け、大気が震え動けなくなった。神気が乱れ、彼の体は一時的にその実体を維持できなくなるはず――



「はぁはぁ……」

「因果でも捻じ曲げたかい?」


 因果を捻じ曲げて致命傷を避けて離れていた。


「神ってのは無法なもんだね」

「貴様が言うか!」


 アストラは叫び、自由が歪み次元の裂け目から宇宙のような空間を展開した。


「規模がまた上がったね」

「当然だ!私は災害の神だ!戦士の神だ!この程度で終わるものか!」


 アストラの戦闘力は今までと比べものにならない程膨れ上がり、容易く星々を滅ぼせるレベルにまで達していた。



「消え失せよ!愚か者!」


 次元の裂け目から恒星をも跡形もなく消し飛ばす程の極光が速攻で放たれる。


 だが――


「は?」

「騒ぐんじゃいよ」


 軽く霧散させられる。一応手を振っている事からダメージはあったのだろうが、アストラの最大火力が、老婆にとっては傷が出来ない程度に手を痛める事だったことに驚愕して後ずさりしていた。


「ガキどもよりかは強いとは言えそれじゃ話にならないね。だから……」


「く、来るな!」


 アストラは恐怖を感じ、地形と大気を無茶苦茶に荒らし大火災を引き起こして、その隙に穴の方へと逃げ出す。


「行かない方がいいのにね」


「なんだこいつ!?やめッ――!!?」


 アストラの叫び声と共に、鳥のような巨大な怪物が通り過ぎる。それと同時にアストラの気配が霧散したのだった。


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