第43話 送るってことは……

「とりあえず、月見里君は穂寿美を事。どこに、とは言っていないけど。」


 今の五月七日さんの言葉には何か含みがあるな。


 自宅に送れとは言っていないと受け取れる。


「私もノリピーに送って貰うから。」


 うおっとぉ、五月七日さんから衝撃の言葉が出ましたよっと。


「五月七日さん、赤星の呼び方……」


「変?名前で呼ぶのは恥ずかしいから渾名で呼んでるんだけど。」


 その渾名の方が恥ずかしいと思うのは俺だけだろうか。


「ちなみに俺はつゆりんとかさゆりんとかマジカルさゆりんごとか呼んでる。」


「最後のは却下したと思うけど?」


「えー、可愛いじゃん。」


 マジカルさゆりんご……想像してみた。


 魔法少女のフリフリ衣装を纏って、悪党に向かって何か叫んでる五月七日さんの姿を。


「月見里君が何を想像したかはなんとなくわかるけど、今すぐその記憶と想像と妄想は消して。」


「仕方ない、それじゃあマジカルノリピーでも想像するか。」


「それはもっと止めて?俺フリフリとか着ないから。ニチアサみたいな事しないから。」



「フリフリなら私が着るよ?月見里君そういうのが好みなんだぁ。」


 いや、違うぞ四月一日さん。寝ぼけ眼で急に話に入るとわけわかんなくなるよ?


 目が覚めた四月一日さんは、膝枕ならぬきんたまくらに気付きもせず、そのまま身体を起こしている。


 よだれとかは気にしていたみたいだけど、幸か不幸かそういうのは一切なかった。


 こっそり写真は撮影していたりはするけど。


 将来リベンジポルノにも使えなさそうな、ただ俺の股間で居眠りをしている美少女の写真。


 ただ羨ましがられるだけだろ、こういう写真って。




 そういやさっき帰りたくないとか言ってたよね、この子。


「今日夜ずっと隣に一緒にいたし……私妊娠してないかな?」


 いや、しねーよ。


 ネタなのか?寝惚けてるのか?


「夢の中で……モザイクがかかってたけど……子供が出来る儀式をしてたよ?」


 いまハッキリ夢の中でって言ってるじゃん。夢でナニをしてもナニも出来るわけないじゃんよ。


 どこまでが本気でどこからがネタなのか。


 それと、夢の中に俺のマツタケとやらが出てきたのなら、多分きんたまくらにして股間が直ぐ近くにあったからだろうな。





 隣町で隣の駅で……


 隣とは言っても、このあたりの1駅って結構距離がある。


 歩いたら1時間近くはかかるんだ。前に一度歩いた時はそのくらい掛かってた。


 一度道を覚えたらそこまでは掛からなくなったけど。


 雪駄や下駄が合わなくて、絆創膏を貼ってあげるとか、生足を持つとか、おんぶとか抱っことかのイベントは結局一度も起こらなかった。


 一番やらしいイベントは四月一日さんが俺のきんたまくらをした事くらい。なお本人は自覚なし。


 端から見たら二組のカップルが、浴衣姿で祭りが終わって帰路についているという構図。


 電車に乗って約5分足らず。


 隣町で隣の駅、直線距離にすれば数キロメートルを、俺と赤星は四月一日さんと五月七日さんを送り届けようとしていた。


 赤星達も清い交際というからには、この後分かれて夜の相撲を取ったりはしないだろう。


「じゃ、私んちはあっちだから。月見里君、送り狼になっても私は怒ったりしないからね。尤も家族もいるのにそんな事は出来ないだろうけど。」


 何を言ってるんだろうか五月七日さんは。まるで俺が四月一日さんの家に上がり込んで……


 言いたい事だけ言っていなくなりやがった。


 横を見ると四月一日さんが、バイバイと手を振ってる。




 駅からは歩いて四月一日さんの家へ向かう。赤星達とは分かれたので今は二人っきりだ。


 あーもう、蝉の鳴き声が煩い。こういう時の定番は自分の心臓の鼓動が!って場面だろうに。


 もう何度も見慣れた四月一日邸と駅までの道。


 あの角を曲がれば四月一日さんの自宅が見えてくる。


 その前に一度四月一日さんが立ち止まって俺の方を見てくる。


 俺の顔にゴミでも付着してたか?たこ焼きを食べた時の青のりとか……


 ってそんなわけあるかい。花火大会の前だぞ、たこ焼き食ったの。


「月見里君。9月に行きたいところがあるんだけど……」


「態々9月にって事は、夏休みじゃダメな理由があるって事?」


 四月一日さんは頷いた。なんとなく、俺が過去を話そうとした時のような決意染みたモノが窺えた。


 そして気が付けば、表札に「四月一日」と書かれた家が目の前に。


 門を潜って、玄関扉が2メートルといった所で四月一日さんが立ち止まり俺の浴衣の裾を掴む。


「帰っちゃ……やだ。」


 うん、なんで駄々を捏ねてるんだろうね、この子は。


 本当に委員長?


 四月一日家の目の前だぜ?


 電車はまだあるし、それこそ歩いても浴衣という事を差し引いても1時間あれば帰れるだろう。


「いや、でも俺達……」


 別に付き合ってるわけじゃないし、という言葉は飲み込んだ。


 それを言ったら、今日の事を否定してしまう事になる。


 がちゃっと突然玄関扉が開いた。扉が四月一日さんを直撃する……なんて事は起こらなかったけど。


「コントしてないで、中入れば?」


 玄関を開けて出てきたのは、夏コミでもお世話になったぷちめろんさん……の中の人、四月一日夢月さんだった。


 中学時代か高校時代かわからないジャージを着て……膝まで上げた状態で、アイスを咥えたお姉さんが出迎えていた。

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