第40話 花火前の告白

 花火大会が始まるまであと数分。


 俺達は偶然開いていたベンチを見つけて、それぞれ男女ペアに分かれて座った。


 花火が打ちあがるのは目の前(とは言っても数百メートルは距離があるはずだけど。)のため、凄く良い場所だった。


 良くこんな良い場所が開いてたな。都合よく二人が座れるだけのベンチが二つも。


 穴場……とは赤星が言ってたけど。



 隣に座った四月一日さんは、前というよりは空を見上げている。


 俺と四月一日さんの間には拳一つ分くらいの隙間が空いている。


 これが俺達の距離……なのだろう。

 

 埋まりそうで埋まらない。埋まらせないのは……俺のちっぽけなプライドなんだろうけど。


 正面の空を見ている四月一日さんが今何を思っているのか、何を考えているかは俺にはわからない。


 でもこういう時ならば、雰囲気で俺も言えるかもしれない。


 これまで実際に色々言い寄ってくれる四月一日さんに、悪い気がしていたりもするから。


 だから独り語りをするように、同じように俺も空を見上げて声を吐き出した。


「聞いて欲しいんだ。」


「……うん。」

 

 四月一日さんは、一呼吸置いて返事をしてくれた。


 俺達は二組に分かれて、それぞれ違うベンチに座っている。


 お互いに邪魔されたくはないという考えがあったので、ある意味都合は良い。


 俺は一つの決心をしていた。


 それは、俺と雅の過去に何があったのか。



 俺はこの前屋上で赤星と思い出したように、順を追って中一の時のバレンタインの事を話した。


「俺と雅は物心ついた時からの幼馴染なんだ。家も隣だし。」


「なんですと?」


 隣という事に反応してるのかよ、可愛いかよ。


「一緒に良く遊んだし風呂にも入ったし。」


「ぐぬぬ……」


 その歯ぎしりしてそうな表情も可愛いな、おい。


「まぁそういうのは小学生までだったけど。ずっと一緒にいると、それが当たり前になってきて、自分が雅を好きだと意識するには充分だった。」


「バレンタインも小さい頃から貰ってたし、他の人に配ってるのと違うから、雅も俺の事好きなんだと思って……己惚れてた。」


 それ以降、時折「うん。」と相槌を四月一日さんは打って、話を聞いてくれている。


「女子は成長が早いとかマセるのが早いってのはたまに耳にしてたけど、中学生になるとそれは実感せざるを得なかった。メイクとか服とかアーティストの話とか増えてたし。」


 俺達男子はう〇こち〇ち〇♪とか言ってバカやってる奴が多かったもんな。良く言えばまだまだ子供だったと言える。


「それでも俺は中学生になっても、バレンタインには自分にだけは雅から特別なチョコが貰えるものだと思ってた。」


「中1のバレンタインの日、放課後教室に忘れ物をしたから戻ろうとしたら、教室の中から雅を交えた女子5人くらいで何か話しているのが聞こえてきたんだ。」


「他の生徒は帰ったり部活に行ったりでいなかったけど。」


 それがある意味幸いで不幸でもあったんだけど。何の用事か同じように教室に戻って来た赤星が俺の後ろにいたし。


「誰かが言った、中学生になってまでどうでも良い義理チョコ配るのはアホくさくない?とか幼馴染だからって付き合いで渡すの馬鹿らしくない?とか……」


「そんな誰かの言葉に、雅は頷いて……私も止めるみたいな事言って……それを聞いたら、色々なものが崩れてきた感じがして、俺は思わずその教室の中に入っていった。」


「そして、俺は自分の素直な気持ち……他に女子がいるのも関係なく、雅の事が好きだと告白した。でも雅には否定、拒否された。」


「あの中で今更肯定出来なかったのかもとか、今なら考える事も出来なくはないけど、あの時の雅も引くに引けなかったのかも知れないけど。」


「それでも、俺の告白は見事に玉砕した。自惚れだったかもしれないけど、俺の全てはあの瞬間破壊された。」


「そうすると不思議で、女子というものが怖くなって。普通に話す事も、体育の授業とか体育祭のフォークダンスとかで触れるのも無理になった。」


 だから体育祭は……参加はしたけど、後夜祭はバックレた。先生には調子悪いと言って保健室に逃げた。


 尤も、体育の授業の練習でも同じ手を使っていたので、完全に怪しまれていたし、一度触れた時に過呼吸になった事もあるのは知っているので、半信半疑ではあったかもしれないけど。


「それでも、もう一人の親友、赤星や妹が色々声を掛けてくれたり遊んだりしてくれて。徐々にゆっくりだけど、女子に対する怖さってのが薄れていって。」


 あの期間も家族に対しては怖いとは思わなかったし。妹は違う意味でちょっと怖いけども。


 いや、あれは結構な荒療治でもあったな。


 ギャルゲーとか乙ゲーとか散々見させられ、プレイさせられ……



「そんなわけで、赤星や妹のおかげで、本当はもっと何か色々あったりしたけど、とにかく普通に接するくらいには女性を克服した。」


 別に敵というわけじゃないのだから、克服というのも変な話だけど。


「中二の夏くらいには治ってたんだから半年くらいの事だけどね。治ってから気が付いた。もう雅から何を言われてもときめかない事に。今までだったら胸が熱くなった事でも、全然何も感じない事に。」


「元々他の女子とかと話していた時と、何も変わらなくなっていた事に。」


「多分、それはもう俺は雅の事を好きでもなんでもないんだろうなって。」


「……俺があいつのコスプレ衣装を作ってるのは知ってるよね。」


「うん。」


 そうやって雅に対して接し方感じ方が変わったのに、それでも雅の衣装を作るのは普通じゃないからな。誰だって疑問に感じるとこだろう。


「初めて作ったのは小学生高学年の時なんだ。」


 魔法少女の可愛い衣装を着たいとか言って。


 高いから小遣いじゃ買えないとか言って。


 最初は家庭科の授業の延長程度に、作ったから大したものじゃなかったけど。


「ドキドキしながら採寸していたのさえ、嘘だったかのように。普通異性の身体を見たり触れたりしたら興奮したりするものだけど。」


「アレ以来何も思わなくなってた。中学2年の夏以降は採寸表を出して貰って作るようになってた。」


 そういや、低学年で一緒に風呂に入る事もなくなってから、下着越しとはいえ雅の身体に触れたのは採寸の時くらいだったな。


「あんな事になってもまだ作るんだ、なんて思うだろうけど。好きな幼馴染の女の子から、ただ隣に住む性別が女というだけの幼馴染、に変わってたから。」


「何とも思ってないから、自分が出来る事をやってあげた、それだけになってたんだ。ある意味作業ってやつかな。」


「言い方がちょっと上から目線感があるかも知れないけど。」


 実際上から目線だと思う。やってあげた、なんて。それでも表情変えずに聞いてくれてるな、四月一日さん。


「でも、雅から言って来たんだ。ただの幼馴染で良いからって。何を言ってるのかわからなかったけど、今更自分に雅に対して特別な何かがあるわけじゃないから、それまでの関係は続けるようになっていた。」


 体育祭での借り物競争で密着されたのは、正直戸惑ったけど、戸惑っただけで身体が触れてラッキーとかは感じなかった。


「雅との事があったから、やっぱりどこかで女子って心の中で嫌な事を考えていたり、裏では馬鹿にしてたりとか……そんなの別に性別とか年齢とか関係ないはずなのに、思うようになってるんだ。」


「四月一日さんの事も、何か一過性のモノなんじゃないかとか、目が覚めたら何とも思ってなんていないじゃないかとか、実は罰ゲームで長期的な何かなんじゃないかとか……」


「それは失礼だよ月見里君。私に対して失礼。」


「うん。」


 今度は俺が「うん。」マンになっていた。


「掛布さんの事は……私にはわからないけど、私は本気でぶつかってる。見事に躱されてるけど。」


「私だって毎回物凄い勇気を振り絞って行動してるんだよ。たまに何とも思ってもない人からの告白を断って、毎回結構そういうのも気にしてるんだよ。」


「好きでもない人に告白されても、良く思ってくれる事に関しては嬉しく思うけど、その告白に対してごめんなさいとしか言えないって事に毎回神経すり減らして。」


「このまま月見里君にOK貰えなかったら……一生独り者でいるのかな、なんて極端な事まで考えて。」


 流石にそれは思い詰めすぎだろうと思うけど。未来なんて誰もわからないし、他に好きな人が出来ないって事もないわけではないのかも知れない。


 いや、そんな事ないだろう。高校を卒業すれば、また新しい出会いもあるだろうし。うん。


「私だって自分が平均よりは良いって自覚はあるよ。誰かには自惚れとか自意識過剰とか言われてるかもしれないけどね。」


「ポンコツに見えるかもしれないけど、私なりに努力はしてるし、月見里君に良く見られようと色々やってるんだよ。」


 客観的に見て四月一日さんは超可愛い、それは嘘偽りない事実。言葉には出来てないけど。


 でもだからといって、雅との事があってから人を好きになるという感情が……わからない。


 というよりも、好きになるという事が怖い……というのが真実かもしれない。


 また雅の時のようになってしまったらと思うと、怖くて仕方がない。


 俺は自分の事をイケメンだとは思っていない。それはこれまでの女子達の所謂男子の人気投票みたいなやつの結果でも明らかだから、自他ともに認めるフツメンだ。


 順位的には真ん中よりは上みたいだけど。


 だからこそ、四月一日さんが普通よりちょっと良いだけの俺の事を本気で良く思ってるという事実が、未だにはっきりと受け取れない。



 不思議だ、初めて聞く過去のトラウマ話だったというのに、ただ大人しく聞いてくれていたな。


 もしかすると初めてではない?


 やっぱり、あの屋上の時扉が閉まった時聞いてとか?


 若しくは俺の知らない時に、雅から話を聞いていたのかもしれない。


 それでも、俺の口から面と向かって直接話すという事が重要だろう。


 空を見上げているから、面と向かってはおかしいだろというツッコミはなしで。




「惜しいなぁ。もう少しなんだけどなぁ。」


 その言葉が何を意味しているのか、俺にはわからない。




 ドドーン!


 ついに花火大会が始まった。お前らの会話が終わるまで待っててやったんだよと言わんばかりに。


 始まってしまえば、それ以降の普通の会話の声はかき消されてしまうわけで。


 少しだけあった、俺と四月一日さんの距離が、いつの間にかゼロ距離になっていた。


 具体的には、お互いに横尻がくっついて、肩や腕がくっついて。


 正面にバンバンと打ちあがる花火を、同じ方向を見て眺めていた。

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