第37話 登校日の吐露

「なぁ月見里。お前……」


 夏祭りを数日後に控えた夏休み期間中に二日だけある登校日。


 どの学校にもあるんじゃないかと思受けど、夏休みにも二日程登校日なるものが存在する。


 正直なんであんの?夏休みだろ?とは思うけど、あるもんは仕方がない。


 勿論、出席しなくても欠席扱いとなって皆勤賞に響くなんて事はないんだけど。


 提出出来る宿題があれば、この登校日に提出する事も可能だ。


 人によっては、学校でしか会えない友人ってのもあるわけだし、そこまで邪険に扱われてはいない。


 じゃれたいけど、態々プライベートで会わないなんてのもあるだろ?


 学校ならいやでも会うわけで、堂々とつるむ事が出来るって事だ。


 高校生ともなれば人間関係は複雑だろ?そういう事だ。


 そしてプライベートでも会ってるはずの赤星から声を掛けられた。


 開放されている屋上、屋上から誰もいないグラウンドを覗いていたら声を掛けられた。


「なんだ赤星。」


 横に並んできた赤星は、俺と同じように誰もいないグラウンドに目を向けていた。


「お前、四月一日さんが怖いのか?」


 赤星は中一の時の事を知っている。だからこの怖いのか、というのにも意味を知った上での発言だというのはわかる。


 あまりに唐突な質問に、俺は少し考えてから答えを絞り出した。


「まぁ、そうだろうな。」



「あんだけわかり易い好き好きアピールもないんだけどなぁ。」


 赤星は保護者のようなため息交じりっぽい言い方をしている。誰かに何かを聞いてきてとか諭されて来たわけではなさそうだ。


 1学期や夏休みの事を体験して、赤星なりに何かを思っての事っぽい。


「でも直接好きとか愛してるとかは言われた事一度もないぞ。」


 これは本当だ、先日の打ち上げで夢月さんや躑躅森さんの前でも言った。


「そうだけどさぁ。でもあれはマジもんだぞ。多分俺らが知らないだけで、思い出してない四月一日さんとの過去が何かあるんじゃないかと俺は思ってる。」


 そうなのかねぇ、でも確かに思い出してない何かがある事については否定できないんだよな。


 人間なにが理由で好きになったり嫌いになったりするか、人に寄って様々だろうからな。




「陰で何か言われてたり、思われてたりするんじゃないかという考えが消えない限りはな。」


「俺達もあれから年を重ねて少しは大人に近付いてるんだし、アレはアレで子供過ぎた、マセ過ぎた結果も一理あるとは思うけどな。だからって、それを全て許せとも言えないけど。」


 赤星の言う事もわからんでもない。でも、俺はあの時全てが狂ったんだ。赤星もそれは分かってるはずだ。慰めてくれたしな。


 俺はあの時の事を思い返す。









 幼稚園に入る前から、俺は雅からバレンタインにチョコレートを貰っていた。


 最初のきっかけはなんだったか思い出せない。


 気が付けば、いつも一緒にいたし一緒に遊んでいたりもしたし、小さい時は一緒に風呂に入ったりもしていた。


 自惚れでなければ、他の人にあげていた所謂義理チョコと違っていたため、少なくとも俺は雅の中で好感を持たれていると思っていた、中一のあの時までは。




 チョコをくれるのは年によって違い、登校時だったり下校時だったり、下駄箱に手紙を入れて体育館裏だったり、教室だったり。



 今ならば多少は理解出来るが、あの時は当然理解なんて出来るはずもなく。


 小学生と中学生、中学生と高校生。この一つ上の学校へあがるという意味を分かってなかった。


 一般的に女性の方が性や心が大人に向かって成長が早いと言われているように、マセ度なんてのも早い。


 義理チョコが馬鹿らしいと思ったりとか、漫画見てうんこちんちん♪と男子が言ってる中ファッション雑誌とかに興味を持つようになったり。


 


「幼馴染とかに配るのって馬鹿らしくない?勘違いしてたりする男子多いよ。だから私は中学からは義理チョコとかなしって言った。」


「みやびんもそういや幼馴染いたよね。これまでどうしてた?」


「いるけど。」


「私も家族には一応渡そうと思うけど、クラスメイトとかそういうのはもう卒業って思ってる。」


「そうだねー。小学生って言ってみればガキだし、中学生ともなればちょっと大人ってカンジだし、そ、そういうのはもう止めても良いかな。」




 教室に残っていた数人の女生徒達の会話を、俺は最初から聞いていた。


 忘れ物を取りに来ただけなんだけど、思わぬ女子トークを耳にしてしまったんだ。


 そしてその俺の後ろには、同じく教室に戻って来ていた赤星もいる。


 女子達の会話の中で、「いるけど。」と「そうだねー……」が雅が発した言葉だ。


 つまり、雅は今年はチョコをくれない。


 そうわかったら、俺の中の雅に対するこれまでの想いが止められなかった。


 好きだから続けられた幼馴染という関係、嫌いだったりなんとも思ってなければ付き合いを減らしたり止めたりする機会はこれまでにもあったはずだ。


 それでも中学に上がっても仲良くしていたのは、単純に雅の事が好きだったからだ。


 男女の付き合いとかに関しては、まだ中学生だしそういうのはと思っていたからだ。


 きっとここが男子と女子の差なのだろう。


 止められなかったのは想いだけではなくて、このままじっとしている事も止められなかった。




「おい、月見里……」


 肩に赤星の手が触れたけど、俺はそれよりも早く教室の扉を開けて中へ入っていく。


 幸いにして、女子トークをしている件の女子生徒5人しか、教室内にはいなかった。


「真宵……」


 複雑そうな顔をしている雅だけど、それがなんでそんな表情になっているかわわからない。


 先程の言葉を聞いて止まれなかったのだから、そんな事を考えている余裕はなかった。



「雅……俺はずっとお前の事が好きだ。物心ついていつも一緒にいたお前の事が好きだ。もうチョコが貰えないなんて冗談だろ?」


 俺の想いが重いのもわかってるし、一方的なものだというのはわかってる。


 雅は本当に俺の事は仲の良い付き合いの長い良き隣人程度なったのかもしれない。


 毎年チョコをくれていたのも、本当にそんな長い付き合いだったからだけかもしれない。


 本当に雅は俺の事なんて好きではなかったのかもしれない。


 全ては俺の一方的な想いと感情と想像や妄想であって、ただの独りよがりだったのかも知れない。


 つまりは、ただの自惚れだったのかもしれない。


 それでも、俺はこれまであった日常が失われるのは嫌だった。


 自惚れでも良い、だって他の人に渡してた義理チョコより良いチョコくれてたじゃんか。


 そりゃ自惚れもするだろう。




「あ、ごめん。私はもう……だから今年からはなしで。のんちゃん達の言う通り、もう中学生なんだし幼馴染だからとか、付き合いが長いからとかそういうのはお終い。」


 そして俺の精神は崩壊した。


 俺の過去は崩壊した。


 俺の想いは崩壊した。


 俺の自尊心や積み上げてきた歴史や雅に対する全てが崩壊した。



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