第34話 夏コミ2 修羅場の予感しかしない
「暑いからあんまり無理するなよ。」
「うん。大丈夫。月見里君が危ないと思ったら止めてね。」
辛うじて空いたスペースを利用して撮影を開始する。
俺も知っている作品だったため、衣装作りもウィッグカットもそれほど苦ではなかった。
メイクは流石に四月一日さんが自分でやっているけど、もしかするとお姉さんも手伝ったかもしれないけど。
30分程撮影をしたところで、誰かから声を掛けられる。
「あの、撮影良いですか?」
何かのキャラに扮したコスプレイヤー数人だった。
オタクの俺でも全部がわかるはずはない。
当然、知らないものや、どっかで見た事聞いた事あるけどな程度のものだって多く存在する。
四月一日さんは、声を掛けられた人とは共に撮影をしあって、自分は名刺がないから渡していないけど、相手からは名刺を貰っていた。
ついでに専属カメコと思われた俺にもレイヤー達は名刺を渡してくれていた。
俺の持つカメラのデータには、四月一日さんだけでなく、今日声を掛けてきたそんなレイヤーさん達も収められている。
「みんな可愛いしかっこいいし良く出来てるね。」
それは俺も思ったことだ。既成品なのか自作なのかはともかく、作品やキャラに対する愛を感じるというか。
「比べちゃうと、俺の裁縫もまだまだだなって感じちゃうわ。」
「そんな事はないよ。全然引けを取ってないって。これだけ動いてるのに全然ほつれたりしないよ。」
「あ、ちょっと汗で引っ付いてる。」
俺は徐にハンカチを取り出すと、額についてしまっているウィッグの毛先を払って額の汗を拭いてあげた。
「あっ、ちょっ……」
ん?近かったか?それとも俺が汗臭かったか?
ファンデーションの上からでもわかるくらいには、四月一日さんが赤面していた。
「一応日陰を確保出来たとは言っても、熱いし暑いのは変わらないからな。水もしっかり補給しときな。」
先程自販機で買ったばかりの、冷えたスポーツドリンクを手渡した。
「さっきからそういうとこだよ、月見里君。さりげなく汗を拭いたり、さりげなくドリンク手渡したり……」
「(ほれてまうやろー)」
四月一日さんは声に出さずに、アカペラで何か言っていた。
14時も近くなり、そろそろコスプレ広場は良いかとサークルスペース方面へ行こうとなった。
雰囲気は味わいたいし、四月一日さんも反対はしなかった。
いくつかのスペースを回り、同人誌を購入していく。
俺は高校生だから節度を守ってR-18には手を出さない。
東館の片側を回り終え、同じ東館でも反対側へと移動する。
こちらにはコスROMなど、二次元というよりは、2.5次元や3次元を扱っているサークルがメインだ。
それとなく、目印を探し、目的のスペースをようやく見つける。
どことなく四月一日さんが俯きがちなのが気になるが……
「だからカタログ見たらだめって言ったのに、知ったらだめって言ったのに。」
どうしても、夏コミで行っておきたいサークルがあった。
推しのコスプレイヤー兼配信者であるぷちめろんさんのサークルへ行って、新グッズと新刊のコスROMを買おうと思っていたのだ。
カタログは見るなと言われていたので、コスROM系の島を片っ端から回れば辿り着くと思っていたためそれなりに寄り道はしてしまったけれど。
実を言うと、コミケでコスROMのブースを回るのは初めてだ。初めてだからこそ知らなかったんだ。
そして、恐らくは目印となっているであろうPOPを頼りに目的のスペースに辿り着いたら……
見覚えのある人達が。
いや、正確には面影のある人達が。
というか、片方は数時間前まで同じ車に乗っていた時と同じ姿だし……
四月一日さんのお姉さんと、コンビニから同乗してきた大学の御学友のお姉さんがサークルスペースにいたんだ。
ぷちめろん=四月一日姉・夢月という図式は、あちらから話しかけられなければ気付かなかったと思いたい。
ぷちめろんのコスプレをしているレイヤーさんという説も、存在しないわけではないからだ。
配信の時には一応決まった格好をしているからだ。VTUBERも本人顔出しとキャラクターでやる人といるからだ。
ぷちめろんさんは、配信する際は自分で考えた、オリジナルキャラクターとして配信している。
そのため、キャラとしてのコスプレをする人がいてもおかしくはない。
でも結局は、ご本人であったわけだ。
確かに、俺の推しが四月一日さんの姉では、四月一日さんが正気でいられるかはわからない。
でもそんな事ってある?
推しがクラスメイトの姉って、そんな事ある?
本人とかならラブコメあるあるかもしれないけど。
コスプレ衣装に身を包んだ四月一日さんが、不安げに腕を絡めてくる。
待って、汗だくだよ。お互いに。気にならないの?
「驚きましたけど、推しは推しであって、偶像の崇拝とかそういうもんですよ。」
何をどう言い訳しているのかわからん、そもそもなぜ言い訳をしなければいけないのかもわからん。
アイドルとか歌手とか絵描きが好き、そういうのと変わらないよ?
「ちょうど人もはけてきたし、こっちに入りなよ。もう広場での撮影は良いんでしょ?」
既に14時は過ぎていたし、確かにまたあの灼熱のコスプレ広場に行く勇気はない。
親父から借りた一眼で撮影はあらかた済んだし。
データは後でそのまま四月一日さんに渡す事になっている。
「まぁ、私も口止めはされていたから、車の中ではそういう話は避けてたんだけどね。」
同乗者のお姉さんが言う。
他のサークルメンバーは、順番でスペースを回っているのか今は姿がない。
残念ながら既に新刊であるROMは売り切れているようで完売の文字が。グッズはいくらか残ってるけど。
いくつ部数持ってきたのかはわからないけど、完売ってすごくね?
って俺買えなくね?
「それはそれとして、ハイ。本来は買いに来たんでしょ?」
「そうですけど、完売って。」
「身内用にいくつか取っておいてるのよ。あ、もちろんお金はいただくよ。これがどういう意味かはわかるよね。」
身内用に取っていた分、所謂取り置き分。
知り合いのサークルとか、仲のいいサークル、隣のサークルに配ったり売ったり交換したりする分だ。
これをタダでくれてしまうと、身内として四月一日穂寿美ではなく、姉寄りとなってしまう。
売買であれば、それはクリエイターと客という図式が辛うじて保たれる。
取り置き分だから、それでもかなり優遇ではあるけれど、節度は守るよという事である。
それと、さっき腕を絡まれてからずっと四月一日さんは引っ付いている。
正直暑いし熱いんだが……
それを声に出すことはしない。
結局新刊のコスROMと新グッズを購入させていただいた。
抱き枕カバーだけは遠慮した。金額が高校生にはきついのと、未だに引っ付いて無言を貫く四月一日さんが不憫で。
なんだか四月一日さんが小学生低学年の妹みたいな感覚になってるんだ。
兄からは絶対に離れません的な感じで。
宥めるの大変そうなんだよ。
ってなんで俺がそういう悩みを抱かなければならないのか、全くわからないんだけど。
「ほら、四月一日さん。そろそろ……」
気が付けば15時を回り、あと30分もしないうちに更衣室云々のアナウンスが流れてくる時間となる。
撮影も終わったし、巡りたいサークルも他にはないため、帰り支度も考えなければならない。
無言の四月一日さんの対応に困った俺は、最終手段の着替えを促すに至ったのだ。
辛うじて頷いた四月一日さんに安堵を得て、立ち上がろうとした瞬間、正面から聞いた事のある声がしてくる。
「あ、真宵。なんで……」
新たな修羅場の予感しかしなかった。
ぷちめろんさんのスペースの前には、俺の作成した衣装を纏った掛布雅の姿があった。
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