第33話 夏コミ

「あれからもう一週間以上か。」


 熱海へ海と温泉に行ってから、既にもうそんなに経っていたのかと感慨にふけっていた。


 結局一泊した後、翌日は船で初島に行って、夕方帰宅した。


 遠足は家に帰るまでというのと同じで、俺は何故か四月一日さんを家の前まで送った。


 四月一日さんのお母さんが出迎えてくれたけど、なんだか満足そうな表情をしていたのはなんだったんだろうな。



「そしてもう夏コミか。」


 例によって雅の衣装はとっくに作り終わってる。


 未だに俺が作成している意味はわからない。


 裁縫は嫌いじゃないからやってるけど。


 そろそろ俺は引退しても良いんじゃないかと思う。


 売り子は漫研部員に手伝って貰えば良いんだし。


 サークルチケット欲しさに手を貸す人はいっぱいいるだろ。


 雅がコスプレを始めて数年。


 ほぼ同時期にコスROMを作るようになって。


 衣装制作のお礼とかでそのROMを貰ってはいるけど、俺は未開封のまま保管している。


 それは多分、雅もそういう風に扱われている事を知っているだろうな。




 小学生の時の俺だったら、中一のバレンタイン前の俺だったら喜んで見ていただろうけど。




「今年は何故か作る羽目になったんだよな。」




「始発くらいの時間帯は眠いね。」


「まぁ、運動部の朝練みたいのはないからな。」


 今年の夏コミは雅の手伝いは衣装作成だけにして貰った。


 用事があるからと頑なに断ったためだ。


 その用事というのが……


 四月一日穂寿美、コスプレデビューをプロデュースする羽目になったからである。


 前から興味はあったけど、恥ずかしさとか何をしていいのかわからないからと参加はする気はなかった。


 しかし、2年になり漫研を兼部するようになって、雅がコスプレする事を知り、雅への牽制?のために自分もやりたいとなったわけだ。


 


「夏は地獄だからな、熱中症とかには特に気を付けなければな。」


 水分と塩分と、帽子やタオルや制汗スプレーなどの用意は忘れてはいない。


「そうだね。どうせ私みたいな素人、人が集まる事もないだろうし、何枚か撮ってくれればそれで満足だし。」


 そうは言っているけど、色々楽しみにしているのは知っている。


 姉が超オタクらしく、グッズとかで部屋が大変らしい。


 その影響もあってか、漫画やゲーム以外にも視野が広がったという事だった。


「行きは私が送ってあげるから多少ゆとりあるよねー。」


 その四月一日姉……の運転でお台場まで連れて行ってもらえる事になっていた。


 なんでもサークルを持っており、駐車券含めてチケットを持っているという事だった。


 

「でも私のサークルには来ないでね。来たら穂寿美が壊れる。」


 どういう意味だかわからなかったけど、圧が凄かったのでそれに従う事にした。


 16時を過ぎたら来ても構わないという事だった。


 そのころはきっと片付けも終わって、撤収作業の時間じゃんと思った。




 さっき四月一日さんが始発の時間帯と言ったのは、実際には始発云々が関係ないからである。


 車で行くのだから、電車の事は大体でしか表せない。


 どうやら、四月一日さんのお姉さんはスペース二つ分あるようで、設置とかは他の3名でどうにかあるとの事。


 そのため、俺と四月一日さんで2枚分を使う事は別に苦でもなんでもないらしい。


 運転席にはお姉さんが座っている。


 後部座席には俺と月見里さんが座っている。


 ボディコニアンは踊っている。


 いや、そんな仲魔いないし。


「お姉さんって、何系のサークルなんですか?」



「それを知ったら穂寿美が壊れる。」


「でも、カタログ……」


 まぁ、俺が行きたいサークルは方向も全然違うし、カタログを全部見ない限りは知らぬままって事も可能かもしれないけど。


 

「月見里君と穂寿美が婚約したら見ても良い。」


 なんだそれ……


 そういやお姉さんもコスプレするとか言ってたっけ?


 コスROM系かな。それだと雅と鉢合わせする事もありそうだ。



 そして首都高に乗る前に一旦コンビニへと入っていく。


「こんちゃー。」


 お姉さんの知り合いらしい。


 途中同乗者を一人拾っていくと言っていたので、この人の事だとはすぐにわかった。


 お姉さんのサークルの手伝いをしてくれるとの事だ。


 同じ大学の学友でもあるとの事だった。


「女子率高ぇ。」


 同乗者とは、女性だったのだ。





「それじゃ、俺はここで待ってるよ。」


 更衣室へと続くちょっとした広めのスペースで俺は待機する。


 更衣室まで一緒に行くわけにもいかず、それは仕方がない。


 お姉さん達は別行動のため、更衣室までは一緒だけれど、その後はご自由にとの事だった。



 既に20分くらいは待っただろうか。多少風は流れているものの、スペース内は非常に暑かった。


 汗を拭いながら、待ち人を只管待っている。




「お、お待たせしました。」


「うん、可愛いな。」


 ぽろりと漏れた素直な俺の言葉が、四月一日さん自身なのか、俺が作成した衣装なのか、その両方なのかは、俺自身わかっていなかった。


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