第31話 かくしごと

「ってそんな場合じゃねぇ。」


 位置的には四月一日さんの身体の正面側には、他の利用者を含めて俺しかいない。


 視力が2.0とかならそうではないけど、普通に視界に入るという意味ではだけど。


「ちょっとこっち。」


 何のことかわからない四月一日さんの身体を、自分の身体にぴったりとくっくける。


 言い方を替えれば、抱き寄せた。


「え?え?なに?月見里君……とっ突然はびっく……」


「いや、それはいいから、前、というか水着。」


 端から見れば、生乳を押し当てたただの変態。


 視線を落とした四月一日さんの、顔を出発点として真っ赤に染まっていくのがわかる。


「五月七日さん、四月一日さんの、探して!俺も当たり見渡すから。」


 言われた五月七日は何のことか察してくれたのか、周辺を探し始めてくれていた。


 それに遅れて赤星も海中を中心に探してくれているようだった。


「ひぃんっ。」


 四月一日さんが変な声を上げる。


「あ、あの……ちょ、直接は……こ、擦れ……て。」


 うん。すまん。俺も男の子だ。色々とやべぇ。


 

「そ、それに、お腹の下あたりに何か……」



「あ、うん。それは気にしないで。それよりも……あった。」


 四月一日さんの後方数メートルの海面から、何やら見慣れた布切れが見つかった。


「ちょっ、後ろにそれっぽいのが。」


 四月一日さんは首だけ回して後方を見ると、自分の水着だと認識できたのかちょっとだけホッとしたような表情を浮かべていた。


 ちょっとずつ、水の抵抗を感じながら前へと進む。四月一日さんの身体を押しながら。


 左手を伸ばして、指先に引っ掛けると、水面には出さないようにして四月一日さんへと手渡した。


「間違いないよね。」


 さっきまで見えていたものなのだから、間違えようはないんだけど。


 四月一日さんはコクコクと首を縦に二度振った。




「あ、良かった。見つかったんだね。」


「見つけても俺じゃ触れて良いかわからんしな。月見里が発見者で良かったよ。」


 水着を受け取ると四月一日さんは、海中へ首まで落として、ごそごそと何やら始めた。


 何やらも何も、水着を着用しかないけど。




「ありがと。あのままだったら色々大変だった。」


 あのままがどっちを指すのかはわからないけど。


 水着が見つからない場合と、密着したままの場合との、あのままの事ね。


 いや、俺も色々やばかった、高校生男子だぞ。女子の生……が密着してたら元気にもなるだろう。



 そして全てが終わってから気が付いたのだけど。


 少し屈んでお胸が海面に入るようにしてやれば良かったんじゃ……と。



「ちょっと休もうか。」



「あ、すまん。先に戻ってて。」


 俺はまだ元気な……を鎮めるため3人に先にあがって貰うように言った。


 それが逆効果なのは直ぐに思い知る。


「あぁ。お前、さっき四月一日さんで勃起しちゃってるのか。」


「それが正常な反応だよねぇ。アレじゃなくてある意味安心だけど。」


 お前ら……慎ましさとか、未成年らしく、とかはないんか。


 幸いにして、四月一日さんには聞こえていないようだけど。




「お前ら、水着マッサージしてやるぞ。」



「私は別に良いんだけど、穂寿美が悲しむからそれは穂寿美にしてやって。」


「俺も男に身体弄ばれるのはちょっと……」


「何をしてくれるって?」


「マッサージだって。水着の状態で。」




「ぷしゅー。ごぼぼぼぼ……」


 四月一日さんがキャパオーダーで海中へ沈んでいく。


「っておいおい。」


 慌てて四月一日さんを海中から救い出した。


 ぷしゅーとか言う人初めて見たよ。




「そういや月見里さ、お前断念したけどお姫様抱っこしようとしたり、背中におぶったりしてたじゃん。」


「そうだな。」


「なのに今更そこが反応しちゃうって。」


「あれは体操服越しだろうが。さっきはとっさに隠さなきゃと思って、直で触れる事まで考えてなかったんだよ。」


 四月一日さんはシートの上で横になっている。


 上の空なのか、焦点はちょっと怪しい。


 高熱を出して項垂れてるとかいうわけではないので、ポーっとしてるだけだとは思うけど。


 その横ではにやにやと五月七日さんが四月一日さんを覗いている。


 俺の隣に座った赤星が質問してきたのだ。




「なぁ、なんか雨、降ってきてないか?」


「嫉妬の雨かな。」


「誰が嫉妬してるんだよ。」


「そんな事より、とりあえず撤収しないと。風邪引いちゃうぞ。」


 五月七日さんがぺちぺちと四月一日さんの頬を叩いて正気に戻し、俺達は急いで荷物をまとめてパラソルを畳んでその場を後にした。


 この間実に10分程度。


 海中で濡れるのと、雨に濡れるのとではわけが違う。




「なぁ月見里。一つ提案があるんだが。」



「なんだ?愛の告白か?」



「お前もそういう冗談は言うんだな、って違うよ。雨も降って来たし身体を温めなければならないだろ?」


「まぁ確かに。」


「それで提案なんだが、一泊しないか?実は俺熱海出身でな。といっても小さい時にしかいなかったけど。それで高校生にも優しい料金の宿があるんだ。」


「あー、まー。なんとなく合点がいった。なんかお前らこそこそ俺に隠し事してるなぁと思ったんだ。泊まるの確定だったろ。」


「雨も降ってきて風邪も心配だし、当初は日帰りとはいえ温泉も入ろうとしてただろ?だからこの際ゆっくりしてさ。それとさっきの質問だが、否定はしない。」


 否定する理由は……あまりない。あまりというのは、あの妹を説得しなければならない事だ。


「大丈夫だ、家族の承諾は得ている。」


「なんでやねんっ。」


 あの妹をどうやって説得したんだ。なんなら私も行くとか言いかねないはずなのに。


「っくしゅん。」


 タイミングよくくしゃみをしたのは、四月一日さんだ。


「とりあえず着替えないと。このままだと本格的に風邪をひいてしまうな。」

 

 タオルを掛けているとはいえ、降りしきる雨を防ぐ事は出来ない。 

 

「着替えて行こうか。」

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