ティアの想い

 妖精の泉の水を飲んだ。


 香りや味などはまだわからない。わかるのは、身体の中にそれが広がって、火照りを感じている。


 熱い。


 心が熱い。水を飲んだからなのか、胸にリズムを感じる。大きく弾む。軋む。そして、苦しい。

 でも、嫌じゃない。むしろ、この気持ちに心の高鳴りを感じる。


 ああ、もう!


 止まらない。


 私は、たまらなくアンリが好きだ。


「アンリ……」

「どうしたティア? 少し顔が赤いぞ? 苦しくないか?」


 浸透する。


 好きが身体に染み渡る。全身がアンリを求めてしまうのだ。アンリに抱きつきたい。なのにどう? 以前なら簡単に抱きつけたのに、今は躊躇ためらってしまうのだ。


 恥ずかしい。


 そう、恥ずかしいのだ。この気持ちは嘘偽りのない気持ち。この気持ちに素直になって心開くことが恥ずかしい。


「あ、アンリ、こっち、見ないで……」

「え?」

「ティア、恥ずかしい」

「恥ずかしいってお前……」


 そうだ。私はスライムで、いくら見られたとて、恥ずかしいなんて羞恥心など持ち合わせていないのだ。なのに何故だろう?この気持ち。感じたこともない。ミルクの記憶に似たようなものがあるが、まるで魔法にでもかけられたみたいに、私の心はひとつの感情に支配されている。


 アンリが好き。


 この感情がひとつの理念として、すべての行動理由に反映されてしまう。逆らえない。抗えない。絶対的不可避だ。


 まるでそれがこの世の理であるかのように、私はそれに従ってしまう。


 世界中がアンリを中心に廻っているようだ。


「アンリ、ティア、何か変……」

「具合、悪いのか? どうおかしいのか、言えるか?」

「全部、変。アンリ、ティアを見る、恥ずかしい。ティア、考える、アンリのことばかり」


 アンリが私の顔をまじまじと覗き込んでくるが、やはり目を逸らしてしまう。

 アンリが私の頬に手を触れて、私の顔をアンリに向ける。


 視線が合う。


 しかし私は目を瞑ってしまう。同時に胸が高鳴る。やはりおかしい。


「ティア? こっちを見て?」


 私は片目だけ開けてアンリを見ようとしたが、直視できない。すぐに閉じてしまった。


 見たい。


 すごく見たいのに、恥ずかしさが勝ってしまって、見ることが出来ない。どうしてしまったのだろう、私?


「ティア……恥ずかしい、のか?」


 こくり、頷く。


「……そうか」


 アンリがわたしに触れる。私は抗うことなくその温もりを受け入れる。アンリの手の温もりが、私の体温を上昇させる。


「ティア、良く聴いて?」

「ん……うん」

「それはもしかすると、『恋』と言うやつだ」

「恋?」

「そうだ、恋。恋と言うのは、病気にも似た、ひとつの感情だ」

「感情?」

「そう。『好き』の先にある感情で『好き』よりずっと好きで、好きなのに苦しい」

「う、うん。ティア、苦しい」

「そ、そうか。その苦しいをさらに苦しめるのも、和らげるのも、その『好き』と言う感情が作用する」

「ん……」

「ひとつだけ確認したいんだけど、良いかな?」

「なに?」

「ティアのその『好き』の相手は僕で間違いないか?」


 トクン。心臓はない。しかし心が跳ねる。体温が急上昇して、私はまた何も言えなくなる。


 でも、返事……しないと。


──こくり。


 ……沈黙。頷くのが精一杯だった。アンリに伝わっただろうか? チラリ、アンリを見た。


──!?


「アンリ? 顔がまっか!! だいじょぶ!?」

「え、いや、まあ……」


 アンリが大変だ!? 私は、自分の事より、アンリが心配になった。










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