融合

 見ると、確かにそこには女神が居た。精霊光の輝きで荘厳な雰囲気を醸し出している。

 身体は乳白色の半透明で精霊光を帯びて青白い光を纏っているようだ。


 クイーンも振り返って目を丸くしている。


マグナ・マ・テル偉大なる女神! クベレ様!!」


 いや、違う。他の皆にはそう見えていても僕には判る。


「ティア!」

「アンリ?」


 そうだ、これはティアによる擬態だ。どうして女神の身体を模したのかは解らないが、ティアであることには間違いない。


 ティアが手を広げる。僕はそのワキに手を添えて抱え上げた。軽い。いや、ティアと質量自体は変わらないのだから、当たり前だと言える。蹲るとリュックに入るくらいだろう。


「ティア、どうしたんだ?」

「アンリ、ティア、一緒」

「そうか、ティアは僕と同じ様に、人の姿に成りたいんだな?」

「ティア、アンリと一緒」

「そっか、しかし女神様とは畏れ多いなぁ」

「恐れ? 多い?」

「あはははは。クイーン、女神の姿だと、何か問題はあるでしょうか?」

「無いとは言えんが、悪意があるわけではない。そして女神像は実際の姿を誰かが見たわけではない。崇拝の対象を形容して彫ったものだ。必ずしもその容姿だとは言えんだろう」

「なら良かった。ところでクイーン、もうひとつ相談があるのだが、良いだろうか?」

「今更遠慮することもあるまいよ?」

「ならば甘えるとしましょう。コレなんですが……」


──コト……。僕は祭壇にミルクの核を置いた。


「何の核だ?」

「僕を助けてくれたホワイトスライムの成れの果てです………」

「蘇生は出来んぞ?」

「わかっております。せめて供養をして土に還そうかと……」

「その魔核、スライムにやらんのか?」

「へ? これをティアにですか?」

「魔核であるなら上質の魔力が含まれておるであろう」

「これは僕の恩人とも言うべきスライムの核です。エサにすると思うと少し居た堪れなくおもわれるのですが……」

「そうか? そのミルクとやらの生命を引継ぐとは思えんのか? 人間と言う生き物はようわからんのぉ」

「生命を……引継ぐ……確かに」

「アンリ?」

「ティア……これはミルクの核だ……わかるか?」

「ん……アンリは、ミルク、好き……大好き」

「……どうして……いや、否定はしない。僕はミルクが大好きだった。今もミルクの死が悔やまれてならん……」

「ミルクも、アンリ、好きだった?」

「ん……僕はミルクに助けてもらったんだ。きっとミルクも僕のことを……」


 うっ……泣いてしまいそうだ。しかし、ここではいけない。ノームたちや、ましてやティアノ眼の前だ。


 僕の手のひらに乗せたミルクの核にティアが優しく触れる。


「……」

「ティア?」


 ミルクは何も言わずに核に触れたまま動かない。そしてゆっくりその長い女神のまつ毛を下ろした。


 ほんの少し。


 ミルクの核の表層がティアの触れる手のひらに溶けたようだ。シュワッと細かな泡が立っている。


「ティア、わかる。ミルクの気持ち」

「ティア?」


 パチッとティアの眼が開く。


「ミルクは、アンリが、大好きだった。いっぱい、いっぱい、いっぱい好きだった。ティア、負けるくらい、ミルクは、アンリが、大好きだった」


 泣いた。


 泣いてしまった。僕は我慢しきれなかったのだ。ティアはミルクの核からそんな情報を入手出来るのか。ミルクの気持ちを知っても今の僕は何も出来ない事には変わりないのだが、知ってしまえば後悔しかないのだ。


「み、ミルク……」

「ミルクは、アンリの、優しいが、一番好きだった。だから、ミルクは、最後に、アンリに、優しい、あげた。ティアも、わかる。アンリの、まわり、優しい、いっぱい。アンリの、涙、いつも、誰かのため」

「ティアアアアアアァァ……」


 僕はティアを抱きしめた。ティアは優しく身体を僕へと寄せてくる。


 そして僕は、ティアへミルクを託すことに決めた。この子ならミルクの全てを受け止めてくれる、そんな気がしたからだ。また、ミルクの存在がティアを孤独から引き剥がしてくれる、そんな気もした。


 ティアがミルクの核を優しく抱きしめて、ゆっくりと吸収し始めた。










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