小さな命

 僕が拳を振り下ろそうとした、その先に。


 それはそれは小さな。


 スライム?


 僕はそれを見逃さなかった。どんなに小さくても、命の輝きは目に入るものだ。


 米粒のようなその小さな命は、紛れもなくミルクと同じ白いスライムだ。いや、これは……。


「ミルク?」


 ……。


 返事はない。それはそうだろう。こんなに小さいのだ。話そうにも物理的に声が出ないのかも知れない。


 この子が、ミルクであっても、ミルクでなかったとしても。これはもう運命だとしか思えない。


 いや、運命なんてどうでも良い。僕はこの子をミルクと思い込みたいだけなのかも知れない。ミルクに償う為の機会をこの子に求めている。きっとそうなのだろう。僕はミルクへの罪悪感の逃げ道を探しているだけだ。


 この子が逃げたら、諦めよう、そう心に決めた。


 恐る恐る手を差し出す。


 少なくとも僕の手中にある核はミルクの核だ。この子は別の個体だと考えるべきなのだろう。 しかし、この子にミルクの匂いを感じる。薬草の匂いがするわけではない。ないが、これは妄想と言うわけでもない。直感的にそう感じるんだ。


 スライムは様子を見ているのか動かない。


「ミルク……」


──ピク……僕の呼びかけに反応する。


 僕の言葉は通じていると捉えて良いだろうか。少し嬉しくなる。


「ミルク、おいで……」


 しかし、動かない。声には反応している様に思えるのだが、その場から動かないのだ。


「ミルク、僕と帰ろう?」


──ビクッ。反応が大きくなった。


 そして、僕の指先へと近付き始めた。しかし、すんでのところで立ち止まる。……だめか?


「ミルク、僕は……君と別れたくない。別れたくなんてなかったんだ……あの時、今だってそうだ。例え君が、ミルクじゃなかったとしても、僕は離れたくない。ずっと君のそばにいたいと思っているんだ……ミルク……。だけどこれは、僕のわがままで、君を傷つけてしまうと思ったんだ。僕の為に君を傷つけるのは耐えられない。そう思っていた。だからこれは僕の傲慢なお願いだ。君に、僕と一緒にいて欲しい! ミルク!」


 ミルクは難しい言葉は理解しない。この言葉が伝わるとは思ってはいない。だが、思っている事を言葉にしたかった。それを聴かせたかっただけだ。


 しかし、やはりダメみたいだ。無理やりには連れて行く気はない。ここで、断念するしか……!?


 白いスライムが僕の指にくっついた!?


「ミルク?」


 僕はその水滴のようなスライムが、指から落ちないように持ち上げて、自分の目線の高さにした。


 小さい。


 本当に小さいけど、ちゃんとスライムの形をしている。見れば見るほどミルクに見えてくる。


「君がミルクであろうとなかろうと、僕は君をミルクと呼びたいと思っている。こんな長い言葉が君に通じているとは思わないので、これは独り言だ」


 ミルクと呼ばれたスライムはフルフルと揺れているが、どう言った感情があるのかないのかもわからない。


 わからないが、この世にミルクが繋いでくれたこの命。僕の全てをこの子に捧げるつもりだ。法律もへったくれもない。


 こうして、僕はそのスライムを持ち帰り、いま一度『ミルク』として、密かに育てることにした。



 ミルクとの新しい生活が始まることに、僕は何とも言えない歓びを感じていた。














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