スライムの恋

 自分の家に連れて帰った彼は、そのスライムに『ミルク』と名前をつけた。甲斐甲斐しく世話をしつつも、自分は酒を飲んで、亡くなった恋人の写真を見て涙を流した。


 そんな日が何日も続き、ミルクは退屈にまかせて、見様見真似で写真の女性を真似た。


 すると彼はミルクに話しかけて来たのだ。


 ミルクは彼が何を言っているのか理解出来なかったが、何度も繰り返し話しかけて来るものだから、言葉を覚え、少しは理解するようになった。

 そして、彼の発音を真似て言葉を発すると、更に話しかける様になった。


 ミルクは、そんな生活が楽しくなって、次第に彼との時間を心待ちにするようになった。

 しかし、アリシアと言う写真の女性の話をする時は、自分を見ながら自分の向こう側にいる誰かに話しかけているみたいで、一抹の寂しさや、虚しさを覚えた。


 ミルクには感情があるとは言え、人のように多くの感情がある訳では無い。なので、人の複雑な感情は理解出来ない。ごく単純な喜怒哀楽を持ち合わせているだけだった。


 そして、アンリと接していて、芽生えたひとつの感情。


 好き。


 この感情がミルクに芽生えた時、ミルクはアンリに依存する事を覚えた。

 フレデリカが家に来て、モヤモヤした気持ちが生まれた。これは好きと言う感情の派生だ。


 更には、アンリに別れを告げられて、困惑し、それを強烈に拒絶した。悲しい、怖い、さみしい、様々な感情が入り混じり、動揺した。


 しかし、アンリの目に涙を見た時、自分の感情が身勝手な私情である事に気が付いた。その感情がアンリを悲しませている。その事が酷く居た堪れなかった。

 別れなければならない理由なんて解らない。解らないが、一緒にいる事でお互いに悲しい思いをするのだと、悟った。


 相手を想うが故に別れなければならない。


 ミルクは悲しかった。


 背を向けて、去ってゆくアンリの後ろ姿を、見えなくなるまで見ていた。


 自分には涙なんてものはない。


 ないのだが、泣きたかった。


 泣きたいくらいに悲しかった。


 泣きたいくらいに。


 アンリのことが好きだった。


 好きだった。


 これが、

 

 一匹のスライムが人間に恋をした瞬間だった。


 叶うはずもない恋を知り、


 失った瞬間でもあった。


「アンリ……」


 もう、遠く離れて届かない。


 そんな言葉だけが、


 ぽつんとこぼれ落ちた。










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