幼馴染



「駄目です、団長!!」

「駄目とか言うな!! 回復し続けろ!! そいつはなぁ……アンリは……アンリは、難攻不落の要塞なんだぞ!? ヒュドラの毒なんかにやられるものか!!」


 ガンドルフは荒々しく地面を叩きつける。

 

「しかしこれ以上は私も……」

「くそうっ! 魔力切れか……他に回復出来る者はおらんのかっ!? 回復薬は!? 魔法じゃなくても構わん!! 解毒と回復を続けるんだ!!」

「隊長……もう……」

「弱音を吐くな!! 続けろ!! 頼む……続けて、くれ!」


 アンリの身体の限界が近く、王国まで運んでいる時間はなかった。その為に、残された回復役と薬を使って、その場で治療、回復を続けていた。

 しかし、回復薬は底をつき、回復役も魔力切れをおこし、魔力の回復も続けながら治癒を施したが、一向に回復する兆しはなく、アンリは次第に弱っていった。

 しかし、騎士団長のガンドルフは、半ば自暴自棄になりながら、団員たちにアンリの回復を迫った。


「隊長!!」

「フレデリカッ!? くっ、離せ!!」


 ズガン! フレデリカはガンドルフの背中を鎧ごと殴りつけた。


「ガンドルフ様!! しっかりしてください!! このままでは団員が……アンリ様が命懸けで助けてくださった団員たちがもちません!!」


 フレデリカの手は手甲が外されており、こぶしからダラダラと血が流れ落ちた。それを見て、ガンドルフはハッと我に返る。


「くっ……。すまん……フレデリカ、俺がどうかしていた……」

「いえ、お気持ちは痛いほど、痛いほど……よく解りますから!! 私だって……私だって、彼を助けたいんですよおおおぉぉ……うぅ……」


 フレデリカは手の甲の痛みよりも、アンリの衰弱するさまを見る方が、よほど痛いと思っていた。


「すみません団長!! 俺の力が及ばず……」

「すみませんアンリ様……私なんかが助かって、アンリ様がかような目に……」

「お前たち……、いや、俺が悪かったのだ! お前たちはよくやった。 許してくれ……」


 団員たちが皆涙ぐんで集まる。皆、同じ思いなのだ。必死でアンリを助けようと、限界を超えて手を尽くしていた。


 王国騎士団はやれるだけの手を尽くし、アンリの容態が悪くなるのを皆、涙ながらに見守っていた。


 その時。


 森から一人の女性が突如として現れた。


「──っ!?」


 森から現れたその女性を見たガンドルフは、自分の目を疑った。


「──アリシア!?」

「……」


 女性は何も言わずにアンリを見つめて、悲しい顔をしている。


 ガンドルフが彼女を見紛うはずがなかった。何故ならアリシアは、彼の妹なのだから。


 ガンドルフとアンリは幼馴染で、幼い頃からお互いに騎士団を目指し、二人は瞬く間にその頂点に上り詰めた。大人になり、自然とアンリとガンドルフの妹アリシアは恋仲になり、婚約までしていたのだ。ガンドルフにとってアンリは大切な幼馴染であり、亡き妹の夫になる筈の義理の兄弟でもあったのだ。


「本当に、アリシアなのか!? ま、まさか……アンリを迎えに来たと言うのか!?」

「……」


 アリシアと思しきその女性は、何も言わずにアンリの顔に手を当てる。


「アンリ……」


 アンリの名前を読んだ彼女のその横顔は、今にも泣き出しそうだ。


 ガンドルフは夢でも見ているのかと自分の頬をつねるが夢ではない。


 「彼を、私に、ください……」


 その言葉は、とても拙く、まるで子供と会話をしているようだった。

 しかしガンドルフは眼の前の事象に圧倒されており、そんな些細なことは考えが及ばなかった。


「アリシア、アンリは……死ぬのか?」


 アリシアと呼ばれた女性は、一度アンリを見て首を振った。


「アンリ、死なない。わたし、助ける」


 その目は真剣そのもので、瞳の奥に力強い意志が感じて取れる。


「こいつを、アンリを、本当に助けられるのか?」


 彼女は力強く頷く。


「必ず、アンリ、助ける」


 ガンドルフはしばらく彼女の様子を見るが、もはや成すすべがない自分の手元に置くよりは、万が一にも助かるかも知れない可能性に賭けてみたくなった。


 そうだ、これは賭けだ。


 冷静に考えれば彼女がアリシアであろう筈もないし、仮にアリシアであったとしても助かると言う保証なんてどこにもないのだから。


「……アンリを、よろしく頼む!!」

「……わかった!」


 その会話を最後に、ガンドルフは騎士団の撤退を指示した。


「ヒュドラ討伐完了だ! 負傷者を連れて早急に王国へ帰還する!! 急げ!!」


 フレデリカは彼女を知っていた。アリシアではない、その存在の事を。しかし、それを口にする事はしなかった。彼、アンリがここに来たと言うのであれば、ヒュドラ討伐などに来たのではない、彼女に逢いに来たのだから。


 フレデリカは二人を見守り、騎士団が全員その場を離れるのを待って確認した。


「ミルクさん、アンリ様をお任せします!!」


 ミルクと呼ばれた彼女は、力強く、しっかりと頷いた。


 フレデリカはそれを見届けると、最後に森を後にした。その目に、涙を浮かべて。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る