森の異変

 ミルク……。


 ミルク…。


 ミルク。


 ミルク!


 ミルク!!


 駄目だ!!


 ミルクが他の人の手に渡ることだけは!!


 絶対に嫌だ!!

 

 僕は森へと急いだ。

 

 

 森の奥が騒がしい。それに伴って、僕の胸も騒がしくなる。ミルクが騎士団と対峙していたとして、僕はどうすれば良いのか。騎士団が居なければ、ミルクを連れて帰るだけで済む。しかし、騎士団と対峙していたとなると僕は法的にミルクを保護出来る対象ではないのだ。ミルクを飼うことは許されていないのだから。そして仮に騎士団の手に渡っていたら、僕はもう成すすべがない。騎士団から奪うわけにもいかない。そうなると犯罪者となり、僕は王国へは戻れないので、流浪の旅を余儀なくされる。


 しかし、そんな気苦労が一瞬で消えるような出来事が、僕を待っていた。


「こんな森に……ヒュドラ!?」


 九つの頭を持つ大蛇。身体は大きく、全身から毒を放ち、口から吐き出される毒気は猛毒だ。その首は斬っても斬っても何度でも再生するので、斬った先からその切り口を焼いていかなければならないのだが、何せ巨体で九つも首があるのだ。騎士団と言えど用意には倒せない相手だろう。


 ……ミルクの姿は見えない。何処かに隠れているのなら幸い、そのまま出て来ないで欲しい。


「ぐああああ……」

「誰か!コイツを後衛へ連れて行け!!」

「応援はまだか?」

「前衛がジリ貧だ、このままでは……」


 バキバキと森の木々をなぎ倒し、その草木を毒で黒く変色させて、ジリジリと騎士団へと迫っている。この森を抜けるとその先は王国だ。騎士団としては何としてもここで食い止めたいところだろう。


 僕は騎士団を辞めた身だ。手を出すのは野暮かも知れない。


「くっ! 目があああ!!」

「下がれ!! すぐに治療しろ!! 失明するぞ!?」


──っ!?


「アンリ様!?」

「何!?」


 僕は考えるより先に行動に出ていた。


「ここは僕が食い止める。立て直して、反撃に出るチャンスを見逃すな!! フレデリカさん、コイツを倒しますよ!?」

「え? ……はっ、はい!!」

「皆!! 難攻不落の要塞がご帰還だ!! 気合入れろ!!」


──おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!



 前線にいたフレデリカは背中がゾクリとして、次に熱くたぎるような身震いがした。

「凄い……一瞬で士気が戻った!?」

「よく聞けお前ら!! 前衛は首を落とすことに専念しろ!! 後衛は少し前に出て斬った首から再生する前に焼いていけ!! 良いな!?」


──うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


「いける!!」

「ほらっ! 後衛、焼いてくれ!!」

「任せろ!! どんどん斬ってくれ!!」

「凄い! アンリ様、一歩も後退しねえぞっ!?」

「まさに人間金剛鋼……なんて頼もしいんだ!」


 ゆっくりだが次々にヒュドラの首が落され、焼かれてゆく。


 やがて、騎士団の応援も駆けつけ、騎士団長の活躍もあり、遂にヒュドラは討たれた。


 最後の首が落され、身体に多くの火が放たれる。


「やったか!?」

「やった!!」

「やったぞおおおおお!!」


──うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 騎士団員の雄叫びが響き渡る。


 そんな中、悲痛な声がひとつ。


「アンリ様あああああああ!!」

「どうかしたか、フレデリカ小隊長!?」

「騎士団長、アンリ様がっ! アンリ様が……猛毒を受け続け、立ったまま気を失っておられます!!」

「何!? アンリだと!?」


 騎士団長ガンドルフがフレデリカの方へ目を遣る。


 立ち尽くす大きな背中。


 その不退転の決意を体現するかの様な大きな背中は、紛れもなく難攻不落の要塞と謳われたアンリ名誉副団長その人以外にはあり得なかった。


「アンリ……お前……どうしてここへ……?」

「団長!! アンリ様は気を失っておられます!! それより早く手当てを!!」

「救護班!! 急げ!! 勇者を死なせるな!! 絶対にだ!!」


 救護班と呼ばれた治癒魔法専門の医療部隊が駆け付け、アンリの身体に治癒魔法を施す。


 ……。


 フレデリカやガンドルフは固唾を呑んでその様子を見守る。


 ……。


「騎士団長……」

「どうした?」

「それが……」

「どうしたと言うのだ! 早く言え!!」

「はっ! アンリさまのお身体が、もとより衰弱しているようで、いくら回復魔法をかけても癒えません!!」

「何だと!? 何とかならんのか!?」

「それが……手を尽くしているのですが、このままでは毒が全身に回って手遅れに……」

「なんてことだ……」

「そんな……アンリ様……」


 ……。


 僕は、薄れる意識の中、ミルクの姿を遠く森の中に見ていた。



 嗚呼……ミルク、無事だったね、良かった……。

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