おわかれ
これ以上、僕の都合でミルクを振り回すわけにはいかない。寂しい想いをさせたくない。そんな想いから、僕はミルクと出会った街道の近くの森へ来ていた。
何だかんだでひと月ほど過ごしただろうか。僕もミルクに依存し過ぎていたのだろう。それも酷いことに、ミルクをアリシアに見立てて語りかけていたのだから、なんとも情けない話である。
僕もミルクと離れるのは寂しいので、とぼとぼとゆっくりと歩いてすすむのだが、一歩一歩と確実にその時は近づいていた。
あるいはミルクはこの事を察しているのかも知れない。朝から一言も喋っていないのだ。
長い沈黙がつづく。
「ミルク……」
「……」
着いてしまった。
「さあ、ミルク? 着いたよ?」
「……」
僕はリュックの蓋を開けてミルクを覗き込んだ。思えば以前はウエストポーチに入るくらい小さかったのに、ずいぶんと大きくなったものだ。
「ミルク?」
「……」
僕は草むらに座り込んで、リュックを足の間に置いた。
「ミルク……」
僕はミルクの名前を呼びながら、優しくミルクを撫でた。
一瞬ビクッとして、じっとしている。離れるのが嫌なのだろう。今ならミルクの気持ちは痛いほどよくわかる。しかし、このままでは共依存の関係が続くだけで、お互いの為にならないだろう。
今日、ここでお別れして、今の関係に終止符を打つ。
そう、心に決めて家を出たのだ。後戻りする気はない。
「ミルク、ごめん……」
「いや!」
僕がミルクをもちあげようとすると、今までにない拒絶反応を見せた。
「ミルク……でも、もうお別れをしなきゃ、僕たちはいつまでもこの関係ではいられないよ……きっと君も辛い想いをするするだろう。僕はそれが耐えられない。だからごめん!」
「いや! いや! ミルク、いや!」
……辛い。もう今の関係でも良いんじゃないかと心変わりしそうになるくらいに、心が揺らぐ。
あれ?
「アンリ?」
「ごめん……ミルク……」
目から涙が溢れてこぼれ落ちる。
情けない。僕はなんて弱い人間なんだ。こんなにもミルクに依存していただなんて。ミルクの事が好きだったなんて……。
でも、ミルクの事が好きだからこそ、ミルクを想えばこそ、今の関係ではダメなんだ。これ以上、ミルクを傷つけたくはない。
僕は、心を鬼にした。
「アンリ! いや! アンリ! だめ!」
リュックを逆さにして振ったのだ。
ドサッ、と重力に逆らえずに落ちるミルク。すぐに僕の足にしがみついてくる。
「アンリ! いや! 帰ろう? お願い! アンリ? アンリ?」
──くっ……。苦しい。
心が痛む。こんなに締め付けられるほど……アリシアとの別れを思い出す。あの日、アリシアは振り向いてくれなかった。アリシアはどんな気持ちだったのだろう? こんな……こんな苦しい想いを、していたのだろうか?
僕は溢れる涙を抑えきれずに、ボロボロと涙を流した。
「アンリ……かなしい?」
「悲しい。君といると、とても悲しくなるんだ。涙が止まらない……止まらない……」
「アンリ……」
そっと、ミルクが僕の足から少し離れた。
それを期に僕は立ち上がった。
声を振り絞って出す。
「ミルク、お別れだ……」
「アンリ……」
「僕は、君のことが大好きだったよ……ミルク」
「ミルク、アンリ、好き! すごく、好き! でも、アンリ、悲しい、いや……」
「うん、僕も同じ気持ちなんだ、ミルク……」
「アンリ……」
僕は別の袋に入れて来た精魔石をそこに出して、袋をリュックに入れた。
「お別れだ、ミルク。さようなら……」
「さよ、なら?」
「そうだ、お別れの言葉、さようなら……」
「お別れ、さよなら……」
「さようなら……」
「アンリ、さよなら……」
ミルクに通じたのを察した僕は、ミルクに背を向けて、家への帰路を一歩進んだ。
「アンリ、さよなら!」
「……」
僕は次に声を出すと、振り返ってしまいそうになるので、たくさんの言葉を呑み込んで、黙って二歩目の足を進めた。三歩、四歩……一歩づつ、一歩づつ、心を痛めながら、足を前に出す事だけに集中した。
さようなら、大好きなミルク。
「──」
もう、ミルクの声も聴こえない。
僕は。
「うっ……」
ミルクに聴こえないように、嗚咽を漏らしていた。
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