二人の距離

 フレデリカが去って、ミルクは疎外感を感じたのか、僕にべったりとくっつくようになった。何処に行こうにもついて来ようとするのだ。


 僕は、そんなミルクの成長を促す為に、精魔石をこまめにあげているわけだが。


「ミルク、大きくなったな?」

「ミルク、大きい?」


「そうだ、ミルクは大きくなってる」

「アンリ、嬉しい?」


「ああ、ミルクの成長は僕も嬉しいよ」

「アンリ、嬉しい、ミルク、嬉しい♪」


 ミルクは成長して、てのひらサイズだった身体が、今では人の頭ほどはあるだろうか。それにつれてアリシアを模した時のサイズも大きくなってゆく。

 僕は、ミルクの成長を喜びながらも、次第にアリシアの等身大に近付こうとするミルクに、アリシアの面影を追う自分が情けない。


「アリシア……」


 いつしか、僕がミルクにアリシアの面影を想う時、ミルクは言葉を発さなくなっていた。


 そしてミルクは少し寂しそうな顔をする。アリシアの顔でそんな顔をされると、心がチクリと痛む。


 やはり、スライムと言えど、感情があるのだろうか。主の心ここに在らずを察して、寂しさを感じてしまう。そんな事があるのだろうか。そう思うと、僕はミルクに近付きすぎたのかも知れない。


 僕の身勝手で、今日まで一緒に過ごして来たが、ミルクは自然に帰す方が良いのかも知れない。僕と一緒に居ることで、寂しい想いをさせてしまうのなら、お別れする事も視野に入れないといけないのだろう。


 僕はそう思い始めていた。


「なあ、ミルク……」

「何、アンリ?」


「君は僕と居ると寂しいんじゃないか?」

「寂しい?」


「そうだ、僕がアリシアの面影を君に求めているのを、君は寂しがってはいないかい?」

「ミルク、むずかしい、わからない」


「……」

「アンリ、ミルク、きらい?」


「!? そんなわけないだろう? 僕は君が好きだ」

「アンリ、好き、ミルク、アリシア、どっち?」


「!? ……」

「……どっち?」


 僕はその答えを出せなかった。答えられなかった。僕の気持ちは、今もアリシアを愛している。別にミルクをないがしろにするつもりもないが、それをミルクに伝えることで、ミルクが傷ついてしまう事を、僕は恐れた。


 僕は、なんて卑怯者なんだ。


 ミルクは、僕にとって何なのか。ミルクは、僕の心を癒やすための道具なのか? だとすれば、僕はミルクを傷つけ続けてしまう事になる。


 じゃあ、ミルクを愛せるのか? それは無い。少なくとも、僕の心にアリシアが居るうちは、僕の心に他の人が踏み入る余地はないのだ。そうだ。


 僕の心は狭い。


「ミルク……」

「アンリ?」


「ごめん……」

「なぜ、ごめん?」


「僕が君を傷つけているから……」

「アンリ?」


「ミルク、君のことは好きだ……」

「ミルク、アンリ、好き♪」


「だけど、僕はアリシアを愛している」

「……」


「だから、僕はこれからも君を傷つけることになるかも知れない……」

「むずかしい、わからない」


「明日、森に行こう……」

「ミルク、アンリといっしょ」


「そうだ、一緒に森に行こうな」

「はい♪」


 明日、ミルクと森に行って、ちゃんと決めよう。


 僕とミルクの、これからの関係を。

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