女難

 ガラッ、渓谷の上から女性が降って来た。


 僕は咄嗟にダイビングして彼女を抱え、くるっと反転して背中から岩場にグシャ、落ちた。

 彼女は鎧を着ているので非常に重い。


 かなり高いところからなので、反動で身体がワンバウンド浮き上がり、彼女を抱えたままゴロゴロ転がる。


 彼女が大丈夫か確認しようとして、身体を起こそうとしたが、僕の腕があらぬ方向へ折れている。しかし、怪我を気にしている場合ではない。


 さっきまで僕にたかっていた魔物がその辺にウジャウジャいるのだから。


 僕は折れた右腕をそのままに、利き手ではない左手で、腰の剣をなんとか抜いた。


 足元に彼女がいる。息はあるだろうか、確認したくても出来ない。


 魔物にジリジリと距離を詰め寄られる。んん……いいや、そう。


 僕は剣をなんとか鞘に戻して、彼女を抱え上げた。ん、息はあるな。そして──。


「──ミルク、大丈夫か?」


 ポーチの中のミルクが心配になって声をかけた。


「ミルク、だいじょぶ」

「良かった!」

「よかっ、た? アンリ、だいじょぶ?」

「うん、大丈夫!」

「よかった」

「ははは、元気出たよミルク!」

「げんき?」

「ああ! 元気出た!!」

「げんき!!」


 僕は彼女を抱えたまま歩き始めた。当然魔物が襲いかかって来るわけだが、僕に攻撃が通る事はない。僕は身長二メートルあるので、せいぜい一メートルから一メートル半ほどしかない魔物では、彼女を肩に乗せるとジャンプでもしないと届かない。だが、例えジャンプをしたとて、軽く躱すだけで往なせる。わざわざ殺生することもないだろう。


 僕は念の為、渓谷の上に足を運んで、彼女が落ちて来たであろう渓谷の上の採掘場へ続く道を確認する。しかし誰も居ない。


「いや、これ、どうするよ?」


 そう言えば、彼女の装備は騎士団の……なんか、懐かしいな。とりあえずは王国へ戻るほかはない。


「ミルク、帰るぞ」

「帰る!」


 僕は途中でミルクの餌の薬草を確保して、王国への街道をひた歩いた。


 王国の外門を経て、僕は久しく遠退いていた、王城へと足を運んだ。


「アンリ様!?」

「おい!! アンリ様が戻られたぞ!! 団長へ連絡しろ!!」


 衛兵が興奮したような口調で僕の名を呼ぶ。十年ぶりなのに良く覚えてるものだな? にわかに騒がしくなる王城入口。


「いや、騎士団に用があるわけじゃ……あ、無いわけじゃない、この娘を頼む!」

「フレデリカ様!? どうなされたのですか!?」

「おいおい、意識が無いんだ、丁寧に扱えよ? てか、早く手当をしてやってくれ、応急処置はしたが、止血した程度だ」

「アンリ様、右腕が!?」

「あん? こんなものは……」


──ゴキッ!


「あ!? また無茶をなされる!」

「あとは棒でも継いでおけば治る」

「ちゃんと教会で治療をしてくださいよ!?」

「さ、用は済んだ、じゃあな!」

「あ!? アンリ様! まだ団長が……」

「宜しく言っておいてくれ! わはは」


 僕はそう言い残すと、王城を出た。


「おい……」

「あぁ……」

「あのアンリ様が……笑っておられたぞ!?」

「ああ、俺も見た!!」


 この後、騎士団は僕の話でもちきりだったらしい。







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