I・DOLL・U《アイ・ドール・ユー》(※)

 ミルクは悪くない。悪いのは僕だ。わかってる。そんなことはわかってるんだ。


 僕は、おそらくは回復したであろうミルクを、自然に帰すことが出来ないでいた。寧ろ囲い込みたい気持ちに支配されて、もう帰すなんて言葉自体、僕の中には存在してはいなかった。


「アリシア……」


 アリシアではない。


 それも解っているし、呼んでも返事が返ってくるとこはないだろう。しかし、その名前を口にして出してしまう僕は、ミルクをミルクとしてではなく、アリシアを見る目つきで見ていた。


 ミルクはそれを知ってか知らずか、時折アリシアの顔で笑って見せるのだ。


「アリシア……」


 胸が苦しい。締め付けられる。しかし、僕はミルクを見て微笑んでいるのだ。


 そっと指先をガラスに当てると、アリシアを模したミルクの手がそれに合わせる様に重なる。


 ミルクが次第にアリシアに見えてくる。そして、アリシアに見えれば見えるほど、僕の心は虚しい。


 僕はアリシアの虚像に微笑みながら、その目に涙を浮かべる。


 スライムには核はあるが思考だとか感情だとかは学術上確認されていない。なので、これはただの模倣であり、僕とアリシアの写真のミラーリングだと考えている。


 さりとて……。


 切なく、愛おしくさえある。


「愛してる……」


 僕は自然とそう言葉にしていた。


 誰もいないのだ。ここには僕とミルク、そしてアリシアの写真があるだけだ。そして僕は酔っている。酔っているのだから、多少、変な行動をとることだってあるだろう?


 僕はそんな事を毎日繰り返し、独りさみしく眠りに就いた。


 いつしかミルクは僕のIDOLアイドル、憧れの虚像となっていた。








※IDOLつまりアイドルとは偶像、聖像、偶像神の事です。そして、「I DOLL U」 とは「あまえさせて」と言う意味です。


※ミラーリングとは、相手の仕草や話し方を鏡(ミラー)のように合わせて話をする心理傾向

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