真実は全てそこに置いてきたから。
華火真夜
第1話:知らせ
「最近シゲくんの声聞けてないな...」
ふとそんな言葉が出てきた。
はぁというため息をつく。
そのため息と同時に私の心も沈んでいくようだ。
私はスマホを片手に、ベッドに寝転びながら、彼とのメッセージを開いた。
時刻は午後11時を少し過ぎたところ。
(今電話したら迷惑じゃないかな?)
彼はこの時間まで、まだ仕事をしているのだろう。
というのも、私の彼氏(シゲくん)は、Youtubeチャンネル登録者が200万人を越える5人組の超有名Youtuber「パラダイスTV」の1人であるキックスだからだ。
華やかな世界に見えるかもしれないが、Youtuberの生活はかなりハードである。
企画を考えたり、撮影スケジュールの調整をしたり、動画を撮影したり、さらには自分たちで動画を編集したりもする。
そして今、「パラダイスTV」はある程度の人気があるとは言え、人気のあるYoutuberが数年もすれば飽きられていくのがYoutubeの世界。
だからこそ、彼も、彼の仲間たちも必死なのだ。
最近のシゲくんは、夏休み企画で新たなファンを作っていきたい!と、より一層Youtube活動に熱を出し、事務所で寝泊まりしている。
だからこそ、そんな彼の頑張る姿を邪魔したくない。
そう思い、ここ最近、彼とはメッセージだけのやり取りになっている。
そして、昨日と同じように事務所に寝泊まりすることが夕方にやり取りしていたメッセージに記されていた。
と言っても、こんなことは割と日常茶飯事。
というのも、私はチャンネル登録者が100人もいない時期から彼と付き合っている。
当時の彼は、四六時中Youtubeのことを考え、ずっと働き続けていたのだ。
そんな彼を知っているからこそ、私の寂しい気持ちにも、折り合いをつけることができる。
ただ、今回だけはいつもと違っていた。
家を出ていく時の彼はいつも
「今日も1日頑張りますか〜!」
と元気なのだが、今回は口では、
「今日も1日頑張りますか〜!」
と言っているものの、目が元気じゃないように見えた。
元気というより、何か覚悟のようなものを感じたのだ。
それは、前向きな覚悟ではなく、なんだか今から死地にでも行くような、そんな目をしていた。
だからこそ、どうしても不安になってしまう。
今元気にしているのか、ご飯はちゃんと食べているのか。
会話の内容なんてどうでも良い。
悩みがあるなら話してとも言わない。
ただただ彼の声を聞いて、安心したい。
でも、彼の邪魔をしたくない。
そんな想いが溢れ出す。
もう彼が事務所で寝泊まりして、7日目。
流石に私も一抹の不安が大きくなっていた。
(こんな心配性な女が彼女でごめん!)
そう思い、彼に電話をかける。
耳元には、テンテロリンと、軽快な音楽が流れ出し、彼が電話を取ってくれることを待つ。
だが、いくら待っても軽快な音楽が鳴り止まない。
そして、軽快な音楽が突如止まり、何も聞こえなくなる。
彼が電話に出ることはなかった。
(やっぱり、忙しくて電話に出れないのかな?)
そして、すっかり黒くなったスマホの画面に私は目を向け、時間を確認すると時刻は11時半を回っていた。
私はベッドに横になりながら、イヤホンを耳につける。
そして、眠りにつくまで、彼のYoutubeの動画を見続けた。
「本当のシゲくんの声が聞きたいよ」
そうして、私は大きな不安を抱えたまま、眠りについた。
◆
翌朝、私はピピピピという目覚ましと共に目を覚ました。
時刻は午前6時半。
いつも通りの時間だ。
なんだかいつもよりも瞼が重い。
そんなことを思いながらも、私も仕事があるので、眠い目をこすりながらベッドを後にする。
フワーとあくびをしながら、リビングのドアを開け、キッチンに向かう。
いつものように棚から食パンといちごジャムを取り出し、手際良く食パンをトースターで焼いていく。
その間に、冷蔵庫から卵を取り出し、フライパンに卵を乗せ、目玉焼きを作る。
いつもと変わり映えしない朝食。
変わったと言えば、彼が一緒に朝食を食べないので、いつもより手抜き感があるということだけ。
私は目玉焼きを作るために持っているナイロン製の調理用スプーンと逆の手で、スマホを取り出す。
そして、昨日電話をかけた後、彼からのメッセージがあったかを確かめた。
残念ながら、彼からの返信はなかった。
(まぁ、仕方ないか)
と思うと同時に、やはり不安は大きくなっていく。
1週間前に見た彼の目。
それがどうしても気になってしまうのだ。
そんなことを思っていると、目玉焼きの端がかなり黒くなり始めていることに気づく。
つい考え事をしてしまい、目玉焼きを少し焦がしてしまった。
(もったいないし食べるか)
そう思い、目玉焼きをさらに盛り付け、目玉焼きに醤油をかける。
チンッ!
甲高い音が部屋に響き渡る。
パンが焼けたようだ。
私はトースターから食パンを取り出す。
焼きたての食パンの香りが私のお腹を刺激する。
かじりたい気持ちを我慢して、パンにいちごジャムをぬり、目玉焼きが乗ったお皿に食パンを盛り付けた。
盛り付けはぐちゃっとしているが、洗い物を1つに済ませたいので仕方がない。
私は盛り付けたお皿をテーブルに置き、席についた。
食パンに齧りつきながら、私は逆の手でスマホを器用に操作する。
いつものようにXを開き、流れてくるツイートを見ていた。
そして、私は衝撃的なツイートを見つけてしまった。
『【速報】人気5人組グループYoutuber「パラダイスTV」のキックスが死亡』
「え、、、」
その瞬間、私の頭は真っ白になった。
そして空っぽになった心の中で、何もかもが崩れていく音だけが聞こえたのだった。
真実は全てそこに置いてきたから。 華火真夜 @pa-paman
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