ゾウと不条理
MIRA
第1話
歩道橋の階段を登り、見晴らしのいい長い幹線道路を眺める。夜、十時ともなると昼間のようなファミリーカーも少なく、どこかの運送会社のトラックが大きな音を立て通り過ぎるばかりだ。所々にあるファミレスの色とりどりな看板が申し訳程度の花を添えている。が、それもまたこの物悲しい雰囲気の一片となってしまっている。
どうせ地方の都市なんてこんなもんさ。誰もはじめから期待なんてしちゃいない。ただ、面白いことでも起きないかな、なんて考えることはある。考える権利は誰にでも平等に与えられた権利なのだ。ただ、今、このシチュエーションで面白いことを考えろなんて、不可能に近い。何しろ、今日なんて、ニュースでも報道するほどのせっかくのスーパームーンなのだが、どうやらこの街の空はそう優しくはないらしい。私はおとなしく、この鬱屈した夜に抗うことをやめた。スーパーのビニールに入ったアイスが溶けないうちに家に帰ろう。
私がこの街に引っ越してきたのはちょうど二年前だ。都会の喧騒から脱する、なんて気の利いた理由ではなく、ただ単に疲れたという簡単な理由だった。もちろん、見ず知らずの土地に引っ越すというこの行為に、私の周りの人間は反対した。別にこの街に深い憧れがあったわけでもない。そういった関係がめんどくさかったのかもしれない。
最終的に、私の引っ越しに対し賛成してくれたのは、行きつけのカレー屋のインド人店主だけだった。彼が言うには、現代人こそインド哲学を学ぶべきらしい。
残念ながら私のインド哲学の知識は、小学校のガンジーで止まってしまっている。彼に、引っ越そうと思っていると言うことを伝えた時も、同じようなことを言ってきた。私は壁にかかったゾウの絵を見ながら、コップの水を飲み干した。インド哲学について何も知らない。しかし、なぜか引っ越す理由にもインド哲学が関係してきそうな気がしてきた。
その日の帰り道、本屋に立ち寄りインド哲学についての入門書を買ってみた。やはりその表紙にもあのゾウが書いてあった。
ゾウと不条理 MIRA @Ame-Mira
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