夢で始まる、夢で終わる

@tawashi0608

第1話

思い出に浸るのが好きだ。家族と遊園地に遊びに行ったこと、友達とお泊まり会をしたこと、好きな人と2人きりで話をしたこと・・・

大小はあれど、全て私の過去を彩る大切な思い出だ。



多少の美化された過去を頭に思い浮かべ、私は夢の世界に入る。すると、その世界には私にとって都合のいいものだけが存在する。


私は過去のことについて、記録を一切捨て去った。写真や連絡先、卒業アルバムなど、思いつく限り全て。

思い出を振り返るのは、自分の頭の中だけでいいのだ。足りないものは自分で補完し、完成させる。中身どころか、骨格すらも作り替えることが出来る。


それを咎められることはない。なにせ自身で完結しているもので外には出ない。それに、私もどれが正しい記憶なのか、正直あやふやなのだ。もはや“思い出”というよりは、“創作”に近いものもあるだろう。


私はそれでも構わなかった。過去を振り返って辛い思いをするよりも、ずっと良いと思うからだ。


今日も同じように思いを馳せ、眠りにつく。ここで見る夢は、寝る前に浮かべたものに近いものもあれば、全く関係のないものもある。見る夢を操ることなんてできないから。



「・・・まぶしっ。」


部屋で寝ていたはずなのに、私は外にいた。ジリジリと太陽が身を焦がしている。冬だった気がするのに、夏だった。

ということは、私は夢を見ている。調べたら、夢だと分かる夢を明晰夢というらしいが、私は夢をコントロール出来る訳では無い。

1度入った世界の枠組みを崩すことは出来ず、ただ目が覚めるまで世界が流れていくだけだ。


今日の夢は、かつて私が住んでいた町の出来事らしい。

私は高校卒業と同時に家を出た。別に家族と仲が悪い訳ではないし、友達がいない訳でもない。ただ、全てを“思い出”に昇華したかった。それだけの理由で私は家を出た。


町を歩く。景色は私が覚えているものと変わらない。登場人物が出てくるまで、内容は分からないのだ。家族が出てきたら大抵は祝い事、友達なら一緒に遊んだこと。今日の景色から、出てくるのは恐らく友達だろう。


しばらく歩いていると、向こう側から人が歩いて来るのが見えた。私と同い歳ぐらいの女の子だった。彼女は創作でみるような白いワンピースに黒髪ロング、私よりも少し高い背丈。特に目を引くのが、綺麗な顔立ちだった。


今日の夢は、彼女と2人で過ごして友情を確認する、といった風の夢だと思う。

しかし、1つ疑問がある。


(私の友達に、こんな子いたっけ?)


夢では、私がその頃の容姿になったり、登場人物が私の年代に合わせて想像の容姿になったりと、様々な変化を起こす。あくまで創作チックなのだ。


しかし、彼女はその域には当てはまらないような気がする。変化といっても、大きく人の見た目が変わることは無いのだ。背の高い人は高く、低い人は低い。可愛いものは可愛いし、そうでないものはそのままだ。


なら、目の前の彼女はなんなんだろう。

だって私は、“こんな女を好きになったことはない”

顔を見るだけで頬が赤くなっているのが分かる。高鳴る心臓を感じる。頭の中に、私の知らない私の思い出が浮かび上がってくる。


(そうだ、私は、彼女と・・・)


好き合っていた。そういう風に脳が解釈をした瞬間だった。


「すみません、あなた、何者ですか?どうして“私の夢”の中にいるんですか?」


「・・・は?」


人は本当に驚いている時は、上手く言葉が出ないらしい。その割に思考だけは妙に冴えていて、彼女の言葉は十分に咀嚼することが出来た。


彼女も夢をみている。私と同じ、妄想に近い夢を。





「なるほど・・・。ここはあなたの夢の中で、私はあなたの夢の登場人物、だと。・・・ふふっ。面白いこともあるんですね。」


私達は、近くの夢のレストランに向かい合って座っている。

ただでさえ不可思議な世界に、不可思議な現象が起きているのだ。お互いに、情報が欲しかった。


「そもそもそれが本当なら、私が現実の記憶を持っていて、この世界が夢だと認識しているのは、少しおかしいと思いませんか?」


もちろん、それはあなたにも言えることですけどね。


彼女の清楚な見た目から発せられる声と、理屈めいた喋り方のギャップには、最初は驚かされた。彼女はこの状況を端的に整理し始め、次々と憶測を立てていく。


「話を簡単にすると、私達はお互い同じ夢を見ている。ただそれだけの可能性が高いですね。ま、そもそもがおかしな現象なんですから、こんなバクもあるでしょうね。」


彼女は話を自身で完結させた。しかし、私自身も現状ではそれ以外には思いつかないのだ。


「じゃあ、そろそろ行きましょう。・・・どこにって?決まってるじゃないですか。ここはあなたの住んでいた町なんだったら、あなたがエスコートしてくださいよ。」


彼女は元気よく、私の手を取り走り出した。私はその手の感触が、いつまでも忘れられなかった。ずっと残っていて欲しかった。・・・あぁ、やっぱり私は、出会ったこともない彼女を好きになっていた。


この感情が、夢の世界由来のものなのかは分からない。ただの一目惚れの可能性もある。しかし、私には1つの予感があった。


彼女と会うのは、これが最後になるだろう。


厳密に言えば、私はもう彼女には会いたくない。今日という日に最高の思い出を2人で作り、それを最後に別れたい。どんなに今彼女のことが好きでも、私という人間はそうなのだ。


彼女の柔らかい手を握りながら、私は既に別れのことを考える。2人で横に並んで歩く。休憩する時は肩を寄せあって座る。1日が終わる時は、同じベッドで眠りにつく。お互い向かい合って体温を分け合いながら眠りにつく。


夢の中の、1日限りの、恋が終わる。



カーテンの隙間から差し込む光に目を細める。朝だ。寝ぼけた身体を起こして伸びをする。この季節は寒くて布団から出る気がしないが、そうは言ってられない。・・・言ってられない?


「・・・暑い。」


本来感じるはずの寒さなんてものは無く、私に纏うのは鬱陶しいくらいの熱だった。

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