第29話 猫カフェⅢ
「なぁ、門限とか大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫」
二時間後。俺達はまだ猫カフェにいた。何度か由姫にそろそろ帰らないかと訊ねたのだが、もう少しと拒否された。
「十八時半の電車に乗って、駅からダッシュで走れば間に合うから」
ダッシュて。そこまでして、猫と長くいたいのか。
どうやら彼女の猫への愛は、大人の時より強いようだ。
「今日、貴方の誘いに乗って良かったわ」
「そうか」
「うん。この子に会えたし」
由姫はミルクちゃんという、小柄なハチワレ猫を一番気に入ったようだった。
ミルクちゃんも由姫のことが好きなのか、彼女の膝でずっと喉を鳴らしていた。
由姫が喜んでくれたのは嬉しいが、今日の思い出を全部猫に持っていかれた気がする。
なんだか複雑な気分だ。嫁が寝取られた時、こんな気持ちになるんだろうな。おのれ猫め。
「珍しい。その子、あんまり膝の上に乗らないんですよ」
ドリンクオーダーをした時の店員さんが目を丸くしていた。
「そうなんですか?」
「うん。貴方のこと、気に入ったみたいね」
「私のこと……えへへ」
由姫はぱぁと嬉しそうな表情を浮かべた。
「あ、あの、私、また来ます! この子に会いに」
「あー。えっと」
どうしたのだろうか。店員のお姉さんの表情が急に曇った。
お姉さんは少し考えたあと、「もう決まってるし、言っちゃってもいっか」と小さなため息を吐いた。
「その子、来週には系列店にお引越しになるの」
「え」
お姉さんはソファの上でふてぶてしい顔で寝ているサビ猫を指差した。
「この子、兄がいるの。あそこで寝ているチョコくんって名前の子なんだけど、兄妹仲があんまり良くなくて」
チョコくんと比べると、ミルクちゃんは一回り体が小さかった。
「一緒にいると、ちょくちょくいじめられるの。だから、別のお店に移動したほうがいいって話になって」
「そんな……。いじめられている方を引っ越しさせるんですか?」
「うーん。そう言われると心苦しいんだけど……」
お姉さんは目を逸らしながら、小さな声で言った。
「ここだけの話、お客さんに人気があるのはお兄ちゃんのほうなのよね」
「っ……」
「チョコくんは愛想が良いし、コアなファンも多いの。だから、どっちを移動させるかってなると……ミルクちゃんのほうになっちゃうのよね……」
黙ってしまった由姫を見て、店員のお姉さんは慌てて
「あ。心配しないで。引っ越し先も良い店だし、それがこの子の為だと思うの」
とフォローした。
由姫はきゅっと唇を噛むと
「えっと、この子におやつをあげてもいいですか」
と言い、ささみのおやつ(別料金)を買った。
由姫は美味しそうにおやつにがっつくミルクちゃんの頭を優しく撫でた。
「新しいお店でも元気にやっていくのよ」
人気のある兄猫にいじめられる妹猫か。
どこかで聞いたことのある境遇だ。きっと由姫も思うことがあるのだろう。
「なぁ、優馬先輩……お前の兄貴のことだけどさ。やっぱ仲悪いのか」
「悪いわよ。この前のやり取りを見たら分かるでしょ」
どうして急に?とは言わなかった。きっと彼女も優馬のことを考えていたのだろう。
「あの人、性格が終わってるの。女好きで、ヘラヘラしてて、他人を見下して、私のこと、不器用だとか世間知らずだとか馬鹿にしてくるし」
未来の由姫とまったく同じことを言うな……。俺は少し笑ってしまった。
「貴方って一人っ子でしょ」
「あぁ。なんでわかったんだ?」
「なんとなく」
由姫はおやつを食べ終え、満足げに毛づくろいするミルクちゃんを撫でながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「中学に入った時、有栖川優馬の妹として、すぐ先生や上級生達に認識された。はじめは嬉しかったわ。優秀な兄さんを持ったと誇らしかった。だけど、だんだん辛くなっていった。いつどこにいっても、兄さんと比較される。何をしても兄さんに勝てない悔しさ。そして、妹はこんなものかっていう周りからの失望の声。それで気づいたの。この人達は私を見ていない。有栖川優馬の妹として見てるって」
溜まっていたものを吐き出すように、由姫は喋り続けた。
「私は私。有栖川由姫として見て欲しい。それを叶える為には、兄さんに勝つしかない」
「勝つしかない……か。兄貴と比較されるのが嫌なら、別の高校に行くっていう手もあったんじゃないか?」
「たしかにそれも考えたわ。だけど……」
由姫は小さく頬を膨らませると、目を逸らしながら言った。
「それじゃ私が逃げたことになるじゃない」
《毎日更新》彼女をデレさせる方法を、将来結婚する俺だけが知っている 中村ヒロ @ichigobanana444
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