第28話 猫カフェⅡ

 珈琲を飲み終えると、いよいよ猫とのご対面だ。


「みゃー」 


 猫とのふれあいスペースに踏み入れると、猫が二匹、由姫の足元にまとわりついた。

 おさわりOK猫のクロくんとショコラちゃんだ。


「っ!」


 真っ先に自分のところに来てくれたのが嬉しかったのか、由姫は手を震わせながら、彼らを撫でた。

 ゴロゴロと喉を鳴らす姿を見て、由姫の表情がぱぁと明るくなる。


「こ、こっち」


 由姫は椅子にすわると、ぽんぽんと膝を叩いた。するとクロくんがぴょんと彼女の膝に乗り、香箱座りをした。どうやらもっと撫でろと言ってるらしい。


「しょ、しょうがないわね」


 そう言って由姫は猫を撫で続ける。しょうがないって……自分から乗って欲しいと膝を差し出したのに、意味不明である。

 なにはともあれ、映画で受けた心のダメージは回復したようだ。


「ちょっとトイレ行ってくる」


「ん」


 珈琲を飲んだせいだろうか、トイレに行きたくなった。ふれあいブースの外にあるトイレに向かうと、お姉さん達が会計を済ませていた。


「ありがとうございました。二千五百円になりますー」


 これでお客さんは俺と由姫だけか。

 休日のこの時間帯にお客さんが俺達だけって、大丈夫なのだろうか? 小さい店だから、テナント料もそんなにかからないのかな。

 いかんいかん。どうも経営者目線でそんなことを考えてしまった。今の俺はただの高校生。そう自分に言い聞かせながら、入念に手を洗い、由姫のもとへ戻ろうとする。


「!?」


 そこで俺はとんでもないものを見てしまった。

 ふれあいブースにいる由姫。

 彼女は抱っこした猫をじっと見つめたあと、きょろきょろと辺りを見渡した。

 そして、自分以外に誰もいないのを確認すると


「にゃー。にゃにゃー」


 抱っこした猫に、猫語で話し始めたのだ。


「にゃー? にゃにゃにゃにゃーん」


 赤ちゃんに話すときのようなデレ方で、猫に向かって話しかける由姫。無論、猫は話せるわけもなく、撫でられるのを楽しんで喉をゴロゴロ鳴らすだけだった。


「ねー。なんでそんなに可愛いのかなー? あ、やだもー」


 ぺろぺろと頬っぺたを舐められ、嬉しそうな顔の由姫。猫に顔を舐められると結構臭うのだが、それも気にならないようだった。

 未来でも、見られないようなデレっぷりだ。


 俺はしばらくそれを観察することにした。

 由姫は交互に猫を抱っこし、喉をゴロゴロと鳴らし始めるとパァと嬉しそうな表情をする。

 しっぽの付け根を優しく叩いたり、顎の下を撫でたりと、猫たらしのテクニックを駆使して彼らをメロメロにしていた。

 そして、彼女自身もメロメロになっていた。


「その表情は反則だろ……」


 あまりの可愛さに、俺は昇天しそうになった。すげぇ。可愛いが可愛いを抱いて可愛い声を出しながら可愛い動きをしているぞ。

 もうしばらくこの光景を見たい。この光景を脳に焼き付けたい。


 そうだ。写真を撮ろう。俺は慌てて携帯を取り出した。

 しかし、この時代のガラケーは解像度も悪ければ、ズーム機能も最低限だ。

 画質良く撮るには、ある程度近づく必要がある。

 俺は気配を消し、忍び足で近づく。よし。あと二メートル……。


「にゃー? ここが良いのかにゃー? それじゃあ、もっと撫でてあげ……」


 その時、カランカランと音がし、新しい客が入ってきた。


「!」


 由姫が顔をあげる。そして、俺と目があった。


「…………………………」


「…………………………」


 由姫の目が見開かれ、顔がみるみる真っ赤に染まる。

 俺は慌てて携帯を仕舞うと、近くに座っているショコラくんを撫で始めた。

 この由姫の表情には、見覚えがある。

 結婚して一年くらい経った時だったか。彼女が好奇心で買ったアダルトグッズを見つけてしまった時の顔だ。あの後、二日ほど部屋に籠ってしまった。

 つまり、死ぬほど恥ずかしい時の顔である。


「……………………聞いた?」


「何を?」


「さ、さっきまでの私の言動……」


「いや、俺、今トイレから戻ったところだし」


「ほ、本当?」


「本当本当。鈴原。嘘つかない」


「そ、そう。ならいいわ」


「にゃー? にゃにゃにゃにゃーん(クソデカ裏声)」


「やっぱり聞いてたんじゃない!」


 由姫は顔を真っ赤にして怒った。由姫の声に驚いたのか、猫は逃げてしまった。


「あ……」


 猫に逃げられ、由姫はしゅんと寂しそうな表情。


「有栖川。猫の言葉も話せるんだな。さすが、マルチリンガル」


「うっさい! 忘れなさい! というか、盗み聞きとか趣味悪いわよ」


 いや、五メートルまで近づいて気づかないって、盗んでくださいって言ってるようなもんだろ。警備ザルか。


「別に恥ずかしがらなくていいだろ。俺だって猫大好きだし。抱っこしたくなるし、撫でたくなる時もある」


「そ、そう。貴方も……」


「まぁ、猫語で話しかけたりはしないけど」


「やっぱり殺す」


 由姫はこれ以上おちょくったら、マジで殺すという目をしていた。

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