第27話 猫カフェⅠ

「猫カフェ……?」


「あぁ。この近くに最近出来たみたいで、一度行ってみたかったんだ」


「聞いたことはあるわ。猫を撫でたりすることが出来る喫茶店よね」


 この時代だと、猫カフェは丁度全国的に広まり、浸透したタイミングだ。

日本に猫カフェが最初に普及したのは大阪で、たしか二〇〇四年、東京に上陸したのは更にその後だ。


 未来では猫のストレス緩和のため、抱っこ禁止の店もあるのだが、この時代は触り放題、抱き放題、引っかかれ放題だ。


「猫……」


 落ち込んでいた由姫の表情が少し明るくなるのが分かった。


 未来の由姫は超が付くほどの猫好きだった。

大人の由姫と付き合い始めた頃、俺は色んなデートスポットに彼女を連れて行った。

 動物園。映画館。野球観戦。デズニーシー。

 楽しんではいるようだったが、どこか俺に気を使っているような気もした。

 しかし、そんな彼女がすぐにのめり込んだのが、猫カフェだった。

 推しの猫が出来た時は、週五で通っていたくらいだ。


「貴方、猫が好きなの?」


「犬派か猫派かと聞かれたら猫派だな」


 由姫も猫みたいな性格だしな。自分勝手なところとか、人に媚びようとしないところとか。


「そ、そうなの。私と同じね」


 そわそわしているところを見る限り、この時代の由姫も猫が好きなのだろう。


 猫カフェ、マオマオは裏路地にある小さいビルの二階にあった。


「いらっしゃいませ」


 店に入ると、若いお姉さんの店員さんが出迎えてくれた。


「会員様でしょうか?」


「いえ、初めてです」


「でしたら、当店のシステムを説明いたしますので、そちらのテーブルにお願いします」


「………………」


「有栖川?」


「え。あ、あぁ、そこに座ればいいのね」


 由姫の視線は、店内に沢山いる猫達に釘付けになっていた。

 やはり、この時から由姫は猫が大好きのようだ。


 席に座ると、店員のお姉さんの説明が始まった。


「今の時間帯は、この子とこの子とこの子が抱っこOKです。他の子は眺める、もしくは猫じゃらしで遊ぶだけにしてください」


 おぉ、この時代なのに、猫に配慮した、しっかりとした店のようだ。優良店で間違いない。

 ふんふんと、由姫は食い入るように説明を聞いていた。


「当店はワンドリンクオーダー制となっております。お決まりでしたら、ご注文をどうぞ」


「えっと。俺はヤマネコ珈琲で」


「あ……わ、私も同じのを」


「かしこまりました」


 この猫カフェは、ドリンクスペースと猫とのふれあいスペースを完全に分けているタイプだ。猫が人間のドリンクを誤飲してしまうのを防ぐためだろう。


 とはいえ、ドリンクスペースからは、ガラス張りの向こうから猫を眺めることが出来るので、これはこれで楽しい。

 猫は全部で八匹。俺達以外のお客さんは若い女性二人組だけのようだ。


「………………」


 由姫は早く猫と触れ合いたいのか、もじもじしていた。


「ドリンクが到着してから、猫のほうに行こうな」


「わ、わかってるわよ」


 子供に言い聞かせるような言い方にイラっとしたのか、由姫は小さく頬を膨らませた。


 待つこと五分。


「ヤマネコ珈琲でございます」


 コトリと、俺達の前にカップが置かれた。

 一番安いのを頼んでみたのだが、普通のホットコーヒーだ。

 砂糖もミルクも入れずに、俺はアツアツの黒い液体を口の中に流し込んだ。食道を通り、胃の中に流れ込んでくるのが分かる。


「貴方、ブラックで飲むのね」


「ん? あぁ、砂糖は入れても入れなくてもって感じだな。微糖には微糖の、ブラックにはブラックの良さがあるし」


「ふぅん……。格好つけてるわけじゃないんだ」


 由姫は砂糖とミルクを注ぐと、ゆっくりとスプーンを回す。

 一口飲んだが、熱かったのか涙目で顔をしかめた。


 ふーふーと息を吹きかける彼女を眺めながら、俺はゆっくりと珈琲を飲みほした。

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