2nd がんばろう

 それから、オスカーはレイブンのところでいろいろな知恵を身につけていく事になる。ナイフとホークの持ち方や、置き方、それに留まらず、家事全般の正しい手順、そして最低限の言葉遣い。レイブン家政所にはふたりオスカーと同年代の子供がいた。ひとりはオスカーと同じ始人しじんと呼ばれる種族。もうひとりは獣の特徴を持ち、獣やその他人種とは異なり明確な身体的性別は持たない獣人じゅうじん


 そのふたりはどちらも「超弩級人」を目指していた。


「超弩級人ってなんだ?」

「は? 君知らないのか? 超弩級人だぞ」

「どういう世界で生きてきたんだよ……地下か?」

「常識なのか?」

「ああ。『知らなくて恥ずかしい』なんて知識なんかではないけど『なんで知らないの?』って知識ではあるね」

「平たく言えば『全人類最強の称号』さ」


 オスカーは「最強かあ」としみじみ言う。


「ちなみに今の超弩級人はハトバ・カイって言う人さ。拳ひとつで台風が起こせるから『嵐淑女ストームレディ』とも呼ばれてる」

「ハトバ!」

「お、知ってる?」

「ハトバは知ってる! 強いよね」


 ハトバ。


 知ってる。知ってるどころの話じゃない。


「当たり前だよ! 超弩級人なんだもん」

「師匠はハトバ・サルバ! これは先代超弩級人!」


 ハトバ・サルバはオスカーの師である。


「俺も超弩級人になったみたい!」

「いいんじゃない?」

「俺達3人がめちゃめちゃ強くなったらレイブンさんめちゃめちゃびっくりするだろうね」

「じゃあ俺達ライバルってこと?」

「そうさ」

「負けられないね」



 ◆



 雨の降る日だった。

 家政の体験としてひと山離れたところにある屋敷に向かっている最中の馬車が、どうやら山賊に襲われたのだ、と言う。

 レイブンは焦ってどうしようかとアワアワしていた。


 雨はとても強く地面に打ち付けていた。山近くの電報局から送られてくるメッセージはどれも緊急を有する緊迫感のある物だった。


「馬出しまーす」


 オスカーは、誰に言うでもなく家政所裏の馬舎で叫んだ。声は雨に濡れていた。誰にも届かない。それどころではない。


 薔薇の模様の入った防具を纏った、黒い馬。

 レイブンがこの馬を見たら「あれれ? こんな馬、うちにいたかなァ?」と思わず言うだろう事は易々わかりやすい。

 答えはNOである。こんな馬はレイブン家政所の所有物ではない。ではなにか。

 馬の名は「ダイアナ」という。

 かつて戦場を駆け抜け、「雷馬らいば」と言われた黒い牝馬。


「久しぶりに全速力だぜ、ダイアナ」


 ダイアナは無口な性格であった。

 しかし、どうやら大層にオスカーを信頼しているらしい。

 ダイアナが頭をブルルと振るわせると、防具のボタンが外れて、ガチャンと音を立てて、収納スペースが現れた。

 そこにあるのは薔薇の模様の入った剣鞘。


「ああ、もしかしたら振るうかもね」


 ならば早く行こう、と。

 ダイアナは急かす。オスカーはダイアナに跨がり、ダイアナは気迫を以って走り出す。


「さて到着……と!」

「なんだテメェ!」


 倒れた馬車、死んだ馬。

 馬車に乗っていた乗客や御者は全員縄で縛られていた。

 その中にオスカーの友人ふたりもいた。


「オスカー……?」

「迎えに来たよ、ふたりとも」


 山賊の長と思われる黒髭の男は、オスカーの飄飄とした態度がいやに気に障り、大声を張り上げた。


「テメェっ! 何処のどいつか知らないらしいが、不用意に俺達『鬼人団』に近づくたァいい度胸だなァ!」

「鬼人団? ……有名なのかい?」

「有名どころじゃねェさ! マルコロ戦争で敵兵全員ブッ殺した最強の兵士! それが俺様よ!」


 人質はみんなその驚愕の事実に恐れをなして、どよめいた。

 獣人、ハンマー・カールは恐怖を振りほどくように叫んだ。


「来ちゃダメだ! 逃げて! オスカー!」

「ここに来た時点で手遅れだろ。ね! ワーフ・オスカーくん」


 すこし間があった。


「あ?」


 黒髭の男は顔を歪めた。オスカーは首を傾げる。


「だってお前、マルコロ戦争の生き残り『鬼人のワーフ』なんだろ。……奇遇だなあ、俺も生還してたんだよ。昔はよくファナシアにあった食堂でさ、肉と野菜を、水と塩で煮込んだだけのスープ食ってたよね」


 ダイアナはすこしだけ吠えて、収納スペースから剣を落とした。オスカーはそれを拾い上げて、腰に提げる。


「でも2年の内にずいぶん変わったね。ワーフ・オスカーくん。昔は黒髪で、身長も175センチで。歳も16歳には見えないね」

「あ……?」


 オスカーはため息をついた。


「礼節条例は忘れたか?」


 その瞬間、殺気にて雨に淀んでいた土がからりと乾いた。

 びりびり、と皮膚に爪を立てるような、空気の波。

 息を止めて死ね、とでも言いたいような眼差し。

 赤い、赤い、赤く輝くふたつの瞳。


 黒髭の男は腰を抜かした。


 誰もこの状況についていけなかった。


「剣はどうした、ワーフ・オスカー。鬼人は拳銃おもちゃなんか使わんぞ。顎したまで走る両目の傷はどうした、ワーフ・オスカー。鬼人にゃ傷があるはずだぞ」


 じわじわと、傷痕があらわれる。


「人斬りはもうしたくないと……そういうから、身体能力の九割を削り捨てたのではなかったか。自分には何も護れやしないと騎士団を抜けた先で落ちぶれたか? 人造複製兵士じゃ飽きたらず、人を傷つけるのか? どうして人を傷つけるんだ。貴様は所詮人斬りか?」


 呆れ返って、ため息は──稲妻を纏う。


雷刃頭流いかずちじんとうりゅうは、捨てたのか?」


 威圧。


 理解せざるを得ない。不理解の道などどうやら崩し落とされたらしいその気迫。まさしく鬼人と呼ぶべきか。


 この世界には鬼人と呼ばれた剣士がいた。


 元はある国の騎士団に所属していたが、マルコロ戦争において敵兵の8億人を視界の両方ともを失い、全身を複雑骨折し、動かせる四肢は左脚と右腕という状況において、全滅させた騎士。薔薇の模様の入った鞘に極めて赤い剣身の剣を持ち、黒い頭髪は綺麗さっぱり丸坊主。聞くところによればその鬼人、当時の歳は14つ。ならばいまは16つほど。


 その鬼人、人に紛れて生きているらしい。


「きっ、きっ……鬼人!」

「礼節条例そのひとつ。言ってみろ」

「アッ、エッ、アッ……」

「ワーフ・オスカーが礼節条例を忘れる事などあるはずないだろう。凄まじく無礼っ! 恐ろしく不遜っ!」


 稲妻は剣に宿りはじめる。


「待って、待って、箔が欲しかったんだよう!」

「欲しけりゃア……てめえ様の力で手に入れてみせろ!」


 オスカーは「斬」と叫ぶ。すると、黒髭の男は気を落とした。気迫と緊張、そのさなかに浴びせられた大声に、男はどうやら自分の首が跳ぶ幻覚を見たらしい。


「しかし、やらかしたか」


 雨は次第に強くなる。


「友には嫌われた。ふむ……」


 先生のところに戻るべきか、と思案してみるが、そういえば絶縁されているんだった。


 宿屋をやっている幼馴染は……殺されたし。


 両親も戦地にて死亡。


 そういえば、すこしだけ仲良くなった兵士がテネガー海の傍で食堂兼業の安ホテルをやっていると一度小耳に挟んだことがある。


 働き口が見つかるまでの間そこで流しのような真似でもさせてもらえないだろうか、と考えてみる。


 めちゃくちゃに頭をさげればギターのひとつは弾かせてくれるだろうか。


「うーむ……渋いなァ」


 いずれにせよ、あまりいい顔はされないだろう。

 となるとどうするべきか……。


「困るな」

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剣を抱えた雷電児 這吹万理 @kids_unko

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