剣を抱えた雷電児

這吹万理

1st ワーフ・オスカーの追放

「まーったく使い物にならーん!」

「ひいっ」


 あるところにはあるらしい、その建物は「ギルド」というらしい。昔は大規模な商業組合であったらしいが、モンスターやらの出現により、形式がすこしずつ変わっていき、今では「モンスターの素材買い取りセンター」なんていうあだ名をつけられるようになっていた。

 ギルドは特別な機械で、所属しているハンターの「能力値」等を数値化する事に成功しており、それを「ステータス」と呼ぶらしい。


 どうやらこのすこし肥えた男はギルドの支部長で、そして黒髪の少年は所属しているハンターらしい。そして、その少年のステータスがどうやら軒並み低いことで支部長は怒り心頭に発する事になったのだろう。


「どうしたら此処まで貧弱になれるんだ! どうしたら此処まで貧弱なのにハンターになろうと思えるんだ!」

「それしか生き方を知らなくてねぇ」

「敬語!」

「ひいっ」


 少年は不遜な態度を取って、支部長を怒らせた。

 どうも、育ちが悪いのか、「敬語」と言われても、いまさらどういう口調にすればいいのかわからないらしい。


「もう我慢ならない……! 弱いだけならまだしもそんな横柄な態度を取られては此方も気が滅入る! その気質直さないとこれからもこういう事ばかりになるぞ!」

「弱いのには理由があってェ……」

「毎回それだ! ならば言ってみろ! 同じ答えなんだろうがな!」

「ヒトク? ってのをしなくちゃならないんでございますよォ……クビにしないで」

「もうちょっとマシな嘘つけるようになったら考えてやるよ。無理だろ。バカだから。クビだクビだクビだクビだクビだ! さっさと出ていけぇ!」

「俺ここから追い出されたらいくアテがないよでございますよ」

「マナー講師の家で住み込みで働いてみろ!」


 ポイッ! と。

 非常に軽く投げられた。少年は乱雑に数日分の食料や小銭が数枚入った背嚢を見て、深くため息を落とす。


「あんなにいい人を怒らせちゃったな……。これは本当に反省しなくちゃな……」


 ギルドの支部長……ラグラは実際善人だった。堪忍袋の緒は割とすぐに切れるが、そこを取っても有り余る善性で人を引き付ける無類の聖人である。

 そんな聖人を怒らせてしまったのだから、少年は自分が悪いのだとしっかり自覚していた。


 16歳。

 まだまだ若い。これからなのだから、ラグラ支部長から貰ったこの温情にて、少年はキチンとした人間になろう、と決めた。


 しかし、決めたところで、なんだというのか。


 これからどう生きていけばいいのか。

 ラグラ支部長の言葉を思い出してみる。


『マナー講師の家で住み込みで働いてみろ!』


 少年は頷く。


「マナー講師か……敬語と作法を学べてなかなか良さそうだぞ……」



 ◆



「という訳で来たでござりまするよ」

「そうでござるかァ……」


 マナー講師ではねぇんだよなぁ、と思いながらも家政所の所長・レイブンは問うてみる。


「君、履歴書は?」

「ねーでございまする」

「何処の言葉?」

「なにが? ……あっ、なにがでございますか」

「…………まぁいいか。よくねぇな。君、その言葉遣いはなんだい?」

「敬語だですけど」

「無理しなくていいよ」

「マジ? なんかの試練?」


 レイブンは小さくため息を落とすと、少年を見てみる。

 何処にでもいそうな、なんて事のない身体をしていたが──何故か悪寒がした。まるで蛙が蛇に睨まれたような、そんな感覚。


「君、経歴は?」

「話せないところとかあるから困るな」

「そうか。オーケー」


 話せない経歴をお持ちらしい。


「マルコロ戦争にいたな?」

「なんすかそれ」


 反応もテンプレート通り。


 マルコロ戦争。

 かつてある大陸にあったマルコロという国で起こった大規模な戦争のことである。この時分に生きていた兵士はみな軍事より離れての生活を余儀なくされており、「秘匿事項」を持たされている。


 レイブン家政所には過去マルコロ戦争を生き残った元兵士がおり、安酒を飲んだところでぽろり、と「秘匿事項」の名を語ったことがある。


 最重要秘匿事項「鬼人」


「文字は書けるかい?」

「ああ。先生が教えてくれたんだ」

「じゃあ履歴書にいろいろ書いてみてくれ。書けないところは書かなくても構わないよ」

「わかった!」


 紙を渡され、少年はとんと胸を叩いた。

 10分後、少年はレイブンに紙を渡した。レイブンは、「どれどれ」とそれを除く。極力読みやすいように丁寧に書いたであろう共通語と、ファナシアという国の訛りの混じるスペルミスはあるものの、読めないものではなかった。


「名前は……ワーフ・オスカー?」

「ああ! ワーフ家のいきのこりって聞いたことある」

「そっかあ……」


 ファナシアでワーフといえば、陸軍大将ワーフ・ボルトがあがるが、もしや血縁だろうか。レイブンは考えながらまた紙を睨む。


「前職はハンターか」

「ラグラさんに『弱すぎて向いてないから別の仕事に就いた方がいいよ』って言われたんです」

「そこはさっきも聞いたが……君は家政所勤めになりたいのかい? ハンターからいきなりこういう仕事は難しくないかい?」

「レイセツ? ってやつを身につけておきたくて」

「なるほど」

「敬語とかいろいろあるだろ? 難しくてなあ、ここに来る道中本屋で見たんだけど、チンプンカンプンだった。礼節条例なら知ってんだけどなあ」


 礼節条例ってなんだよ、とレイブンは思い、次には「まぁまぁ立派な心持ちの子供だな」と考える。ちゃんと未来どう生きるかを考えている。あんまり器用な子供ではなさそうだが。


「わかった。君には本物の礼節を教えてやろう」

「マジ? 面接ってやつやんなくていいの?」

「ああ」

「あんた最高だね!」

「どういたしまして」

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