名探偵 村瀬は解決できない

翡翠

第1話


 木々が立ち並ぶ山道を走る車内で、村瀬大悟は目を細め、助手席から後ろの席を見る。


 友人である吉田真治と彼の恋人、橘美里が軽い雑談を交わしている。


 車は曲がりくねった山道を登り続け、霧が窓を薄く覆い始めていた。



「こういう場所、ホラー映画とかでよくあるだろ?」



 と村瀬は冗談を言いながら、霧がさらに濃くなる様子を見つめた。


 橘一人だけがくすっと笑う。



「確かに。でも今日はみんなでのんびりするために来たんだから、変なこと言わないでよ〜」



 村瀬は彼女の言葉に微笑みを返しつつ目的地への到着を待った。




 車を走らせて二時間経った頃、彼らは目的地である温泉宿にたどり着いた。


 宿は山奥に佇んでおり、どこか風情を感じさせる建物だった。柱や壁は木造で、長年の風雨にさらされた痕跡が残っている。



「タイムスリップしたみたいだな、昭和って感じだ」


 と村瀬が笑いながらそう言うと


 吉田が


「これが趣があっていいんだよ」と返す。



 村瀬は肩をすくめ、ドアを押して宿の中に足を踏み入れた。


 中に入ると、静かな空気が全身を包み込む。


 客の姿はほとんど見えず、宿全体がひんやりとしていた。


 温泉宿特有の硫黄の香りが漂うこの中で、四人はチェックインを済ませ、それぞれの部屋に向かった。




 村瀬は部屋に荷物を置くと、広縁に座り込んで外の景色を眺めた。


 山の向こうに広がる霧が、じわじわと彼の部屋に迫ってくるような感覚に捉われる。



 ♦︎



 夜が更けると、四人はそれぞれ温泉に入り、夕食を共にした。


 食卓には旬の山菜や川魚が並び、話題は高校時代の思い出に花を咲かせる。


 村瀬は終始軽口をたたき、場を盛り上げていたが、どこか周囲の様子に気を配っていた。


 特に、吉田と橘の間に流れる微妙な空気に。



「吉田、部屋戻って寝ちゃったのか?」



 吉田がふらっと部屋に戻ったきり、音沙汰がないことに村瀬が気づく。



「あいつ、早すぎないか?もしかして子供だったりしてな」



 橘も不思議そうな顔をしていたが、


「疲れていたのかもしれないね」


 と深くは考えていないようだ。




 しかし、村瀬は直感的に“違う”と感じた。


 彼は吉田の部屋を訪れ、ドアをノックしたが返事はなかった。


 気になって扉を開けると、部屋は無人だった。


 ベッドは乱れたまま放置されており、足元には血痕が残されていた。



「なんだこれ」



 村瀬はじっと血痕を見つめた。


 血の量は僅かだが、明らかに不自然なものだった。背筋に寒気が走る。



「吉田はどこへ行った?」



 村瀬は吉田の行動を推測する。


 ふとした瞬間に、彼はベッドサイドに転がっている吉田のスマートフォンを見つける。


 なぜこれを置いていったのだろう


 村瀬はスマホを調べようとしたが、暗証番号が必要だった。



「おいおい、これは一筋縄じゃいかないね」と嘆く。



 だがスマホのロック画面に映っているメッセージ通知が一瞬目に入る。


 それは、未読のメッセージで、橘からのものだった。



 ♦︎



 橘は、吉田の不在を知り、不安そうな表情を浮かべていた。



「本当に大丈夫かな?」



 その言葉に村瀬は反応し、じっと彼女の顔を見つめた。


 彼女の目には、恐怖と不安が混じっているように見えた。


 村瀬は、橘の不安の裏に何か隠された事情があるのではないかと感じた。


 彼女は吉田に対して何か隠しているのだろうか?それとも、ただの取り越し苦労だろうか



 村瀬は、どこかその先に待つ出来事に一抹の期待も抱いていた。



 ♦︎

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名探偵 村瀬は解決できない 翡翠 @hisui_may5

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