第3話

桃子の走らせる車に揺られていた私は口を開く。

「すみませんね。乗せていただいて。」

「いえ、気にしないでください。入り組んだ道を走りますので。」

「それにしてもいい車ですね。桃子さんのご趣味ですか。」

「母の趣味なんです。私は大した趣味がないので大体のことは母に任せっきりでした。自宅の外装、内装も母が全て決めたそうです。」

そう言った桃子は悲しげな表情で微笑んでいた。


店を出て30分ほどの住宅街の一角に桃子は車を駐車した。

おおよそ都内とは思えぬ、荘厳な景色の住宅街であった。

車を降りた私は、事件現場である花代の寝室へと案内されていた。

「なんだか禍々しいでしょう…?」

そう、桃子が言う通りこの部屋にはなんだか異様な空気が立ち込めている気がした。

「そうですね…桃子さんは今もここにお1人で?」

「いえ、今は別で部屋を借りています。この家で1人でいるとなんだか落ち着かないですし、警察の方にもしばらくは安全のため、この家には滞在しないほうが良いと言われていますから。」

「そうでしたか、つらいことを思い出させてしまってすみません。」

「大丈夫です。事件が解決に向かうのが一番ですから。」


事件現場をざっと見渡し、桃子へ質問を投げかける。

「事件の第一発見者はどなたですか?」

「私です。帰宅したら家中が荒らされていて、すぐに警察に通報しました。母が見当たらなかったので寝室へ行くと床に血を流して倒れていて…」

「そうでしたか。桃子さんの事件当日のアリバイは?」

「…ありません。1人で会社で作業していたので。警察の方にもそのように伝えました。あの…探偵さんは私を疑っているんですか?」

「いえ…ただ気になっただけですよ。」

「アリバイはありませんが、母の頭部の傷が私ではつけられない位置にあった為、疑いが晴れたんですよ。」

「頭部の傷?」

「はい。母は死因である複数箇所の刺し傷とは別に、頭を鈍器で殴られた痕があったそうです。母よりも20㎝程身長の高い人物が上から鈍器を振り下ろしたような状態だったらしく、私は母よりも10㎝ほど身長が低いので不可能だろう…と」

「なるほど…お気を悪くさせてしまい申し訳ありません。」

「いえ気にしないでください。警察の方にも散々疑われた後ですし。」

そう苦笑いを浮かべた桃子は茶を入れると言い、部屋から出て行った。


私は桃子を待つ間、外へ出て猫の目撃情報を募ることにした。

閑静な住宅街だ、人の行き来が盛んなわけではない。

しかし、事件のあった桜井家に車が止まっている為か、ちらほらと歩いている人が皆私の存在を気に掛けているような気がする。

「すみません、ちょっとお話を聞かせていただいても?」

「え、えぇ、かまいませんけど」

私は気品にあふれた、いかにも裕福そうな初老の女性に声をかけた。

「桜井花代さんのことはご存じですか?」

「えぇ。ご近所ですし、たまに一緒にお茶をすることもありましたよ。とても感じのいい方で娘さんとも仲が良くてねぇ。よく一緒にガーデニングなんかされてましたのよ。微笑ましい限りで…それがねぇ…あんなことに」

「そうでしたか。花代さんが誰かに恨まれていたなんてご存じないです?」

「恨まれるなんてことないと思いますよ…本当、お人柄の良い方でしたから。」

「では、やはり強盗殺人事件か…」

ぼそりと呟いた言葉に女性が反応する。

「強盗?あぁ近頃空き巣の被害がこの一帯で多く出ていますからねぇ。」

「ありがとうございました。あっそれから花代さんが飼われていた猫について何かご存じないですか?事件の日以降姿が見えないみたいなんですよ。」

「あぁごまちゃんね!いなくなっちゃったの…ここら辺では見てないわねぇ。頭の良い子でしたからねぇ、迷子になるような子ではないと思うのだけれど…」

「また何か情報があれば、ここにご連絡ください。」

私は女性に連絡先を渡し桜井家へと戻った。





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