第29話 終幕

「カ、ハッ────」


腹部から鮮血が舞い、地に垂れる。

現剣の極致極芸”を使用し、飛躍的に自身の能力を上昇させた筈の靭鬼が、一切の防御も一切の反応さえもなせぬまま斬られた。


それは、彼女の動きがあまりにも自然体すぎるが故によるもの。

自然の光景と溶け込み、同化し、人にとっては見慣れた何の変哲もない事象と自らを変える――それが、彼女の剣術。

気づいた時にはもう既に、体は痛みを訴える。


【  うごき、みださくらごとく  】


間髪入れずに、透歌が体の軌道を変え動く。

そして、この勝負に終止符を────。



「ふふっ」



打とうとしたその時だった。

一つの清廉で上品な笑い声が、戦場に響き渡るのと同時。

靭鬼を庇うようにして複数の色彩を持つ髪色を靡かせた一人の女性──ウェカピポが現れたのは。


「!?」


音すら発さず登場したあまりにも突然すぎる謎の存在に、透歌は驚きを見せる。


(何、この異様な――。数人……いや数十の人間の気配を凝縮したような気配は!?)


思考が巡る。

しかし、それでも透歌の剣は止まらない。


【  我流剣術がりゅうけんじゅつ 太刀たち  】


このまま、まとめて打ち砕かんと攻撃を繰り出そうとした────のだが。


「あらあら〜、流石は透歌ちゃんですね〜」


透歌が二人に目掛けて薙いだ剣を、ウェカピポは親指と人差し指を用いてつまむようにして笑顔で受け止めてみせた。


「…………ッ!?」


引き抜こうとも、このまま力任せに薙ごうとしても、剣はビクとも動かない。

まるで彼女の剣がウェカピポの手に固定されてしまっているかのように、どうする事も出来なかった。


その事を瞬時に理解した透歌は、現剣を解除し流れるようなバックステップで後ろへと引き下がり距離を取る。


「ふふっ。あと0.04秒行動するのが遅かったら、私達死んでましたね〜」


まるで他人事かのような声のトーンで彼女は朗らかに告げる。


「ッチ」


そのウェカピポの独り言のような言葉に、靭鬼は舌を鳴らす。

そんな彼の様子を気にも留めず、ウェカピポはゆっくりと透歌に視線を合わせ口を開き始める。


「それにしても嬉しいですね~、まさか透歌ちゃんがこれ程まで強くなっているだなんて~」

「……さき程から透歌ちゃん透歌ちゃんと、まるで友人のように親しく話しかけてきてくださいますが……わたくし達、会った事等ないでしょう」


警戒心を解かず、透歌は彼女の一挙一動に気を配りながら問いかける。


「…………あら、そういえばそうでした。透歌ちゃんが名前を知らないという事を忘れていました~」


そんな意味不明な言葉を告げると、ウェカピポはこほんと咳ばらいをし、告げる。


「私の名前はウェカポリーチェ……気軽にウェカピポと呼んでくださいね~?」

「ウェカピポ……確かに、秘めた巨大なパワーを持っていそうですね、貴方は」



【  “朧遙おぼろはるか” 現剣げんけん  】



目の前の敵を打ち砕くため、再度透歌が剣を取る。

だが、そんな彼女に向かってウェカピポは待てというハンドサインを出しながら告げる。


「私の目的はもう終わりましたので、これ以上の戦闘はしませんよ~。それに、私はこの方の数百倍強いので、勝ってしまいます~。だって私は――」


閉じている瞼をゆっくりと開き、虚ろな瞳を覗かせながら、彼女は一言。


「お姉さんですから。透歌ちゃんよりも強いんですよ~?」

「0に何をかけたとしても0です。その男の実力は、わたくしには遠く及んでいません」

「いいえ、そんな事はないはずです~。だって、視たでしょう?戦闘中に幾度も、自身が殺される未来を」


そう言い放つと、ウェカピポは靭鬼の方へと体を向ける。


「死の未来を視せる事が出来たという事はそれすなわち――この人は透歌ちゃんを殺せるにまで至っているという事です。でなければ、そもそも死の未来なんてものを視る事はありえません」


そうしてしゃがみ込み、靭鬼の肩に手を置くと――ウェカピポは、上半身と首を曲げ透歌を見る。


「それでは、さようならです透歌ちゃん~。次また再会を果たしたその時は……ゆっくりと、今までの時間を埋めるように、お話でも致しましょう~」

わたくしが……みすみす逃がすとお思いですか?」


刹那。透歌の眼つきが、まるで目の前の獲物を喰らいつくすライオンのように鋭くなり、髪の毛が新醒しんせいによって靡き上がる。


「極芸ですか~。透歌ちゃんの極芸は私、大変興味があるのですけど~……このままでは本当に靭鬼さんがお亡くなりになってしまわれるので、当初の予定通り引き返しますね~。ではでは~」


その言葉を透歌に向かって残した刹那。

目の前に居た筈のウェカピポの姿と、靭鬼の姿が音を立てる事無く、静かに消えた。


「なるほど、上には上が居ると古くから言い伝えられていますが……」


透歌の足元が、確かに揺らぐ。

それは、彼女の立つその地がクレーターまみれという戦闘による被害で立ちずらい場所と化しているからでは到底ない。


「少し……死の未来を視すぎましたね」


明らかな、疲労によるものだった。

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無銘の剣聖は学園生活を謳歌したい!〜かつて学園都市の危機を救った正体不明の剣聖って、もしかしなくても俺じゃね?〜 @Nier_o

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