第28話 朧遙

――極芸きょくげい

その言葉が言い放たれた瞬間、靭鬼の纏う狂気がより一層深まり、それにつられるように剣も180度姿を変える。


粗く、粗く、荒い。

そんな彼の刃こぼれを起こしていたやいばは生まれ変わり、一切の損傷もついていない赤く光る刀身へと姿を変え、靭鬼自身の腕から手、足もそれと同じく赤く変貌した。


「現剣の極致、極芸……何も知らないテメェじゃねェだろ?」


自身が立つ地面を溶かし、悪魔とも見間違えてしまう笑みを浮かべながら問いかけるその姿は、正に空想上の怪物に等しいもの。

彼は今、誰もが怖気おじけひざまずき、ひれ伏す存在と成ったのだ。


だが、それも最強漣透歌には――――――。


「知っていますよ。何もかも」


そう静かに告げる彼女は、靭鬼を見ていなかった。

それよりも更に奥深くの――過去、未来、世界、可能性。

ありとあらゆるものすべてに目を向けていた。


「貴方の極芸、その能力は外灯などのありとあらゆる光を熱線に変え操作を可能とする事と、更なる身体能力の強化。そして、その刃先に収束した熱線の強大なエネルギーは触れたものを破壊し、ことごとくを溶かし尽くすのでしょう?」


その言葉は全て、当たっていた。

だからこそ、靭鬼は目を見開き、唖然としてしまう。

そんな彼の様子を見た透歌は、ゆっくりと口を開く。


「逆に、貴方はご存じないようですね。先ほどの戦いで何も学ばなかったようですし……ですので、教えて差し上げますよ」


手のひらを開けたまま、前に差し出す。


わたくしが何故、炯眼けいがん剣聖けんせいと――――最強さいきょうと称されているのかを」






【  現剣げんけん  】






透歌が告げたその瞬間。

大気が、地が、彼ら彼女らが立つ戦場が、確かに揺れた。

まるでその圧倒的な力を誇示するかのように、まるで世界が拒絶を示しているかのように、空間が彼女の剣におののいたかのように震えた。


【  朧遙おぼろはるか  】


彼女の剣が、差し出された手のひらのもとに形成されていく。

1.2mという長さを兼ね備えた刀身を宿し、この世界に顕現をなしたそれは最早――剣というよりも刀、太刀であった。


「一人の剣士として、貴方が極芸を扱う程の強者だと言うのなら――此方も、敬意を示し剣を取りましょう」


刹那、透歌が仕掛ける。

一切の音を立てる事なく、優しいタッチで彼女は地を蹴った。

普通、そんな踏み込みでは速度も何も引き出す事は出来ない。

――しかし、彼女は規格外。


ヌルりと、まるで初めからその場に居たかのような自然な姿で、男の眼前に現れ、下から上へとその刀身を振り上げる。

普通ならば避けようのない必死の攻撃。

だが、この男もまた規格外。


「俺は今、テメェと同等の力を持っているッッ!!」


それに反応し、靭鬼は迎撃するために刀を振り下ろす。

しかし、透歌は理解していた。

あの暴力的なエネルギーを秘めた刀身に自身の現剣が触れてしまえば、ただではすまないと。


だからこそ、攻撃の手を止めもう一度地を蹴り、男の奥へと移動した。

そして、流れるように振り返り、休むことなく攻撃を続けようと試みる。

――だが、靭鬼も易々とはそれを許さない。


道に等間隔で設置されている外灯から発せられた無数の熱線が透歌を一直線に目掛け迫る。

その速度は、従来のものよりも更にはやく、鋭くなっていた。


【  うごき、らめくかわながれのごとく  】


石に阻まれても変わらず、ただ流れ往く川の如く、透歌は軽い足取りで熱線を避け、着実に靭鬼の喉元まで歩み進めていき、そして――――。


【  我流剣術がりゅうけんじゅつ いち太刀たち  】


靭鬼の姿を追い越し、ただ一撃を以て。


【  流遙ながれはるか  】


腹部を引き裂いた。

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