のっぺら小娘捕もの帳 人斬り大蔵

肩ぐるま

人斬り大蔵

今回は、時代劇で御座います。

といっても、あくまでも架空のお話しです。

実在の人物や団体や地名などとは関係がありません。


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その娘との出会いは、よくある、って、よくあるわけはないが、結構有名な話に似ていた。

俺が家に帰ろうと浅草橋を渡ったところ、そのたもとに小娘がしゃがんで泣いていたのだ。

俺は小娘に近づくと肩を軽く叩いて言った。

俺に肩を叩かれた小娘は何も言わずに俺の方を振り仰いだ。

そのときの俺が、びっくりしたのってなんの。その娘の顔には、目も鼻も口もなかったからだ。

可愛そうに、神様が顔を描き忘れたんだな。俺は懐から筆と絵の具を取り出すと、ササッと娘の顔を描いてやった。

そして一筆入魂!俺がそう念じると、俺が描いた目鼻口は、そのまま本物の目鼻口になった。しかも、とっても美人だ、というより美少女だ。

えっ、何故、俺の絵が上手いかって?何を隠そうこれでも浮世絵師だぜ。無名だけど。

顔を描いてやった小娘は、喜んでそのまま俺の家までついて来た。そんな訳で、いま俺の家の家事はその小娘がやってくれている。


「旦那、聞きましたぜ。嫁をもらいなすったてね」

馴染みの岡っ引きの平八が俺の住まいに駆け込んでくるなり喚いた。

住まいといっても俺は長屋暮らしだ。入口を開けると6畳一間しかない。引戸を開けて入口の床に腰を降ろした平八は、俺の横に座って、俺が絵を描いているのを眺めている娘を見て、

「へ〜、別嬪さんだね。でもまだ小娘じゃございませんか?いいですね。旦那。若い嫁で」と勝手に騒いでいる。

「何を勝手に騒いでるんだ。この子は拾った子だ」

「拾おうがどうしようが、その娘は旦那のことを好いてるんでやんしょ。噂は千里を走るってね。番所でも版元でもその話で持ちきりですぜ。祝言こそ挙げちゃいないが旦那の嫁なのは確かだ。うらやましいったらありゃしね〜」

「おい、いい加減にしろ。長屋中まる聞こえじゃないか。それより何しに来た?」

「へい、実は旦那」と平八は声をひそめながら、

「心中でさぁ。これから検分に行きますけど、旦那も行ってもらえやすかい?」

「それで誘いに来たのか」

俺は紙と筆を持って立ち上がった。

そのとき、

「私も行きます」と奈々が俺の袖を引きながら言った。

「心中を見に行くだけだぞ」と押し止めようとすると、

「奈々は旦那様といつも一緒」と駄々をこねる。

「へ〜、あつあつだね。見ちゃいられね〜や」

そんな俺たちを平八が囃すので、

「俺はまだ奈々を嫁にもらったわけじゃない」と、嗜めておいた。

もっとも、約束はした。奈々の身の上話を聞いてあまりにも不憫だったので、嫁にすると約束した、というより、約束させられてしまったのだ。

だって、生まれてこの方、のっぺらぼうの顔を見て逃げ出さなかったのは俺が初めてだというし、口を聞いてくれたのも俺が初めてだというのだ。だから物心ついてからは毎日泣き続けていたという。これ以上孤独には耐えられないと泣きながら訴えるので、

「ここでずっと俺と一緒に暮せばいい」と言ってやったら、

「お嫁さんにしてくれるということですね」と、泣き止んで顔を輝かす。

「いや嫁にするとは・・」と言いかけると、

「お嫁さんにしてくれると言ったのに・・」と、激しく泣く。

そんなやり取りを果てしなく繰り返して根負けした俺は、

「分かった分かった嫁にしてやるから」と言うと、ピタリと泣き止んで俺に飛びついてきた。その後は俺も男だからなるようになってしまった。

長屋だからこんな大騒ぎは隣近所に筒抜けだ。その夜は、戸の外に長屋の住人たちが折り重なるように群がって聞き耳を立てていたらしい。その後の出来事もしっかり聞かれてしまった。


という訳で、岡っ引きの平八に案内されて、俺は奈々を連れて心中の検分に出かけた。

荒神谷の森といや、今ではちょっとした心中の名所だ。三日を空けずに騒ぎが起こる。

平八の縄張りから少し離れた所にあり、寺社奉行の管轄なので、本来なら町方は立ち入れない。しかし、寺社奉行が心中など下々の事件を扱うわけにはいかないので近くにシマを持つ町方、つまり平八に始末がまかされたのである。

「心中が流行るってのは困りもんだな」

「まったく、嫌なものが流行りになっちまったもんでさあ。それだけ浮世が世知辛いってことでござんしょね。そういえば上方で、心中ものの浄瑠璃が大当たりしているっていうじゃござんせんか」

「噂は聞いている」

「こちらでは演らないんでしょうかね〜?」

そんな話をしているうちに昼なお暗いといわれる森の奥深くで、仏さんたちを拝むことになった。

「南無阿弥陀仏」

俺は念仏を唱えると、心中者の似顔絵を描き始める。これは俺の仕事で、十手持ちはこの人相絵を持って身元を尋ね歩く。

たいした稼ぎにはならないが、岡っ引きたちには義理があるのでこの手の仕事は断れない。

だいだいが、市中に出回っている悪党共の人相書はほとんど俺が描いたものだ。俺が描いた絵があまりに似ているということで、逆恨みを買うこともある。

俺が女の顔を書き写していると、

「旦那様、あたいもこの顔を写せるよ」

と言いながら、奈々の顔が心中の片割れの娘そっくりに変化した。

俺たちが腰を抜かしたのなんのって。平八なんざ、幽霊を見たように青ざめちまってる。

「奈々、いきなり脅かすな。俺が描いてやった顔に戻れ。死人の顔はいかん」

俺が慌てて叱ると、奈々は元の顔に戻ってグスンと涙ぐんだ。

しまった、言い過ぎた。俺が焦っていると平八が、

「奥さん、その技使えるよ」と口走った。

奥さんと呼ばれた奈々は、泣くのをやめて笑顔になった。

喜怒哀楽の激しい奴だな。と思っていると、

「きっと奥さんは、一度見た人なら誰にでも化けられるんでやんしょ?」と平八が聞く。

「えっ、驚かないのか平八?」と俺が尋ねると、

「そら、旦那に嫁ごうってんだから、普通じゃねえのは、はなから合点承知の助でさあ」と平八。

「怒るぞ」と俺。

「で、奥さんは狐か狸か、はたまたムジナでやすか?」

平八が怖がるどころか、平気のへいざなので、

「奈々は、実はのっぺらぼうなんだ。俺が顔を描いてやった」と説明すると、

「へえ〜。のっぺらぼうの小娘、のっぺら小娘でやんすな」と返してきた。

奥さんから小娘に格下げされて奈々がぷ〜と頬を膨らます。

ところが平八は

「その特技を使ってあっしの下働きをしやせんか?」と意外なことを言い出した。

「下働き?下っ引きの仕事か?」と、俺が聞くと、

「そうでやんす」

「で、何をさせるつもりだ?」

「あっしらの仕事で一番大事なのは悪党の顔を知ることです」

「それで?」

「そこで奥さん嬢ちゃんにいろんなところに入り込んでもらって顔を写しとってもらう。それを旦那が絵にする。するってえと悪党の図鑑ができやす」

「そんな危険なこと奈々にさせるわけには」と俺が言いかけると、その途中で奈々が、

「私やりたいです。ぜひやらせてください」

と言い出して、奈々は下っ引き見習いになった。


その翌日、早速平八が訪ねて来た。

「師匠、奈々さんを大黒屋の下働きに出してもらいてえんでやす」

「大黒屋?」

「へえ、日本橋にある大店でやすが、どうも盗人の一味に目を付けられたんじゃねえかって、同心の赤根様が言うもんで」

「盗人に目を付けられた?」

「そうでやんす。盗人どもは目をつけた大店に女中や下男を潜り込ませて店の中を調べさせやす。大黒屋は女中の出入りが激しくて潜り込ませやすいということです」

「女中の出入りが激しい?」

「何でも古株のいびりがきつくて、入った女中が次々と辞めていくって噂です」

「いびりが激しい?」

俺はしばらく考えて

「そんなところに奈々をやって、いびられたらどうするんだ。駄目だ駄目だ、その店は駄目だ」

俺が猛反対すると

「私、行きたいです」と奈々。

「おい、奈々いいのか?」と俺は驚いて奈々を見つめた。

「私、人の役に立つことをするなんて初めてなんです。だから、ぜひやってみたいんです」と思い詰めたような顔で言う。

「う〜ん、しかしだな。いびりというのはきついぞ」と俺が脅すように言うと、

「が、我慢しますっ」と健気なことを言う奈々。


という訳で奈々は大黒屋の女中として住み込みで働くことになった。もっとも期限を十日と限ってのことだ。

十日後、奈々は帰ってきた。

「奈々、辛くなかったか?」と確認すると、

「はい、大丈夫です」と答えるが、その声はか細い。

これは無理をしているなと感じた俺は、

「もう、こんなことはしなくていいからな」と釘を刺しておく。

その後、奈々に使用人たちの顔を次から次へと写してもらい、俺がそれをせっせと書き写す。

十人以上いる女中達の顔を掻き上げた頃には、夜もたっぷりと更けていた。


翌朝、平八がやって来たので、掻き上げた似顔絵を渡すと、平八は1枚1枚をじっくり見ながら、

「これは助かりますぜ。この中に、きっと盗賊の手引きがいるのにちげえねえ。これがありゃ、赤根様の詮議も捗るってもんでさあ。このお礼は、また、させてもらいやすぜ」と、にんまりしながら似顔絵を懐に入れると、尻をからげて駆け出して行ってしまった。


その似顔絵は、平八から同心の赤根に、赤根から与力に、与力から奉行に手渡されて、遂に、奉行が与力、同心を集めて評定を開いた。

「この顔はひょっとして、おかねかもしれません」と一人の同心が言い出した。

「おかね?それは何者だ?」と与力の一人が問い詰めようとすると、別の同心が

「おかねといえば、人斬り大蔵一味の者かも知れません」と日頃の探索の成果を披露した。

「何、人斬り大蔵といえば、性悪の盗人ではないか」と与力の一人が応じた。

「お頭様、大黒屋が人斬り大蔵に狙われているのではありませんか」と与力が進言した。

「うむ、決めつけるのは危険じゃが、直ぐに、その大黒屋とおかねを見張れ」と奉行は、配下の者達に命じた。


それからひと月ほど経った頃、人斬り大蔵とその一味は、大黒屋に押し入ったところを、待ち構えていた役人達に捕まった。


「いや〜、お手柄でやんすよ。奥さん嬢ちゃん。あの似顔絵で大盗賊が御用になったってんで。お奉行様もご満悦でさぁ。おまけに、お駄賃まで出やしたぜ」

と言って、奈々に少しばかりのおひねりを渡してくれた。

「よかったな」と褒めてやると、

「はい。お役に立てて何よりです」と、奈々は花のような笑顔を咲かした。

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