秋向日葵

七 虹花(なな こはな)

秋向日葵

あっ。と目を奪われた。

もうすっかり秋なのに、太陽に向かって背を伸ばす一輪の向日葵が車窓から覗かれた。

向日葵のように笑ったあの子を思い出した。少し焼けた肌に笑うとなくなる綺麗な目。一点の曇りもないその笑顔を見ていると、僕の不安や不満なんて入道雲の中に飲み込まれてなくなってしまうような気がした。

決して僕のものにはならないあの夏のあの笑顔に、恋をしていた。彼女と出会ったのは、通学で僕が使う以外には誰も使わないはずのないあのバス停でだった。その姿に見とれてしまった僕の方からはもちろん声なんてかけられなかった。ただ息をのむ僕に彼女が声をかけた。

「同じ学校、だよね?」

うるさい蝉の声も聞こえなくなるくらいによくとおるその声に思わず聞きほれてしまった。40才以下が若者だとされる僕の村に、同年代の子がいたのならさらに彼女みたいな子だったのなら僕が知らないはずがなかった。

何と返したのかのかなんてよく覚えていないけれど、きっと変なことを言ったんだろう。

「私、転校生なの。今日から。」

今思えば、もしかしたら先輩かもしれない初対面の僕にため口で話しかけた所も彼女らしい。結局僕らは同級生でさらにいうと同じクラスだったのだけど。すぐに人気者になった彼女と幼馴染の裕以外には友達もいない、いわゆる陰のものである僕とが学校で話すことはほとんどなかった。それなのにバス停に行くと、あの笑顔を僕に向けて待っている彼女が不思議だった。面白くもない僕の話で大笑いする彼女は愛おしかった。彼女の話はどれも本当に面白かったのだけれど、僕はうまく笑えなかった。僕と彼女はまさに不釣り合いだった。彼女みたいな子は女子達がキャーキャー言っている野球部の先輩みたいなやつと付き合うんだろうと思っていた。だからあの日彼女がああいったとき、僕は信じられなかったんだ。正直言うと何を言ったのかなんてよく覚えていないけれど、きっと思ってもいないことを言ったんだろう。いつもの笑顔の彼女の表情が少し曇っていたのだから。間違えた。そう思ったときには遅かった。その時にはもう彼女は走り出していた。結局僕は遠くなる彼女の背中を追いかけられずに家路についた。

その日の晩、うちの電話が鳴った。どうせ母さんの知り合いからだろうと思って、けだるそうにとった僕に裕が言った。

「転校生の、ほらあのお前のうちの近くに住んでる、あの子、事故だって。」

そのあとにも裕は何か言っていたけれど、僕の頭は真っ白になっていてもうそれ以上は聞き取れなかった。なんとかしなきゃ。と思ったけど、できることなんて何もなかった。

秋になった。彼女はもういなかった。バス停も、教室も、どこを探しても彼女がいたはずの場所に彼女はいなかった。夏が彼女を連れ去った。

彼女も秋に咲く向日葵であったなら。そんなことを思いながら車を走らせた。


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