僕は、サラリーマンに戻ろうと思った!
崔 梨遙(再)
1話完結:1500字
僕が40歳くらいの時、僕はフリーの求人広告屋をやっていた。広告に限らず、採用に関することなら何でもやった。そして、採用に関わらないことまでやるようになっていた。
そんな或る日、三田社長という知人から電話があった。
「崔君に、お客さんを紹介してあげるよ」
三田社長から、以前、仮想通貨の会社を紹介されて、あやうく僕が投資をしなければいけないような雰囲気になったことがある。だから僕は慎重になった。
「投資ならしませんよ」
「今度は本当に求人広告と採用の話だから大丈夫だよ」
結局、僕は出動した。
或る会社の或る社長を紹介された。或る社長と三田社長と僕、話し合ったが社長は歯切れが悪く、その日は“ベトナム人を採用したい”という希望を聞いただけで、不完全燃焼で終わった。何の収穫も無く帰った。何をしに来たのか? わからなかった。
すると、2,3日後にその社長から呼び出された。今度は僕だけ呼ばれた。三田社長抜きで話したいとのことだった。
「来春、ベトナム人の社員を10人採用したい」
と言われたが、その時、既に秋の終わりだった。
「無理です」
「じゃあ、来年でもいい、力を貸してくれ。専属で雇うと報酬が高いやろうし、専属でなくてもいい。週に2日くらいでいい、力を貸してくれないか?」
「週に2日で、幾らいただけるのでしょうか?」
「5万でどうかな?」
「5万!? 社長、それでは僕の日給6千円くらいってことですか?」
「あ、ああ、日割りで考えたらそうなるな。それで、儂は忙しいから、儂の時間がある時に駆けつけてほしいから、この近くの寮に入ってほしいんだ。ちょうど、寮費が5万円だから、崔君に渡す5万円で寮に入ってほしい」
「5万もらって5万の寮費を取られたら、ただ働きじゃないですか」
「ダメかな、じゃあ、ちょっと報酬について話し合おうか? 目標はベトナム人の新入社員を10人採用だ」
「10人は難しいですよ、それに、ただ働きなんかするわけが無いでしょう?」
「じゃあ、もう少し払う、プラス5万! どうだ?」
その時、フリーで数年やってきて、苦境に立たされながらも踏ん張っていた僕の心が折れた。ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れるような感覚もあった。一気に力が抜けてしまった。
「お話になりませんわ」
「崔君の希望は? 週2日だけだよ」
「僕、サラリーマンに戻ります。フリーで頑張ってきましたが、社長のお話を聞いて心が折れました。それでは、これで失礼します」
僕は立ち去った。三田社長から電話があった。今日、あの社長と会うと知らせていたからだ。
「崔君、どうやった?」
「週2日で報酬5万、その5万の報酬で寮に入れと言われました」
「それは……」
さすがの三田社長も、絶句していた。
「ちなみに目標はベトナム人の正社員を10名採用することらしいです」
「そんなの無理だろ?」
「無理でしょうね。外国人向けの求人媒体はありますが」
「えー! あの社長、何を考えてるんだろうね」
「もういいです、今回の件で吹っ切れました、僕、サラリーマンに戻ります」
「そうか……」
サラリーマンに戻るか? 当時、ちょうど悩んでいた時だった。僕はようやく吹っ切れることが出来た。そう考えると、その件は“きっかけ”としては良かったのかもしれない。良かったのかもしれないが、あの社長が出して来た条件は酷かったと今でも思う。5万円の報酬で5万の寮に入れ? 引き受けるわけが無い。引き受けると本気で思っていたのだろうか? 余談だが、心が折れた僕はしばらく寝込み、数ヶ月後、救急車で運ばれたのだった。
僕は、サラリーマンに戻ろうと思った! 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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