第32話
まるで、この手を振り払われたら溺れてしまうのだと言わんばかりの……切なげな微笑み。
さっきはあれ程、迷いも躊躇いも無く、私を翻弄していたのに……。
「ああいう顔するのは、俺の前だけにして」
そんな当然な事を……奇跡でも求めるかのように囁くから。
何もかも、与えてしまいたくなる。
これが、彼の手なのだと、解っているのに。
私は、もう片方の手を差しのべて、彼の頭を胸に引き寄せずにはいられなかった。
朋紀の、柔らかな髪の感触を、頬の熱を、素肌に感じながら目を閉じる。
その瞬間、私の胸の奥に甦ったものは……。
あの切なさにも似た、狂おしいほどの愛しさだった。
【完】
三月吉日(守り姫~もりひめ~番外編②) 麻綾 @m-aya
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