異世界に転生したらドリルでした ~移動も会話もできるし強いらしいので、人助けをしようと思います~

てゆ

第一話 俺氏、死す

 最も嫌いなカタカナ語は何かと訊かれたら、迷いなく「ハローワーク」と答える。


 「面倒なことはしたくない、誰だってそうだろう」を合言葉に、高校卒業から二十五になる今まで、ずっと実家に引きこもり続けている。


 性根が腐っていてニートをやっている以外は、何もかもが平凡な俺だが、欠片程度の良心は持ち合わせている。持ち合わせてしまっている。


 ありがとうな、母さん。いつも俺のために、家事をしてくれて。

 ありがとうな、父さん。もうすぐ還暦なのに、俺のために働いてくれて。

 親孝行はしたいよ。だけど……あのね、やらないんじゃない、できないんだ。


 二人が俺の今後について、話しているのを聞くと、胸が苦しくなってくるよ。

 だから、そんな苦しみを忘れるため、俺は今日も、母さんの財布から引き抜いた諭吉を握りしめ、深夜のコンビニに駆け出すのさ。


「セブンスターひと箱ください」

「番号で言ってください」

 目つきの悪いアルバイトに、ギッと睨まれた。まあ、この惨めさも、このストゼロが忘れさせてくれるさ。


 夏とはいえ、やはり夜は寒い。高校生時代の青春の残骸、親友だったノリヒロと行ったイベントのTシャツと、くたびれたジャージの短パン。俺は、自らの服装に後悔した。


 重い袋を振り子のように振りながら、少しワクワクした気持ちで、暗闇の中を歩いていた。この寒さを乗り越えたら、楽しい晩酌が待っている。

 外出する前にも、既に飲んでいたから、意識がぼやけていた。まあ、青信号ピコピコしてるけど、行けるっしょ。そう思って、俺は横断歩道を渡った。

 それが、運命の分かれ目だった。


『ザーッ』


 音のした方を振り向く。まばゆい光に目が眩む。トラックだ、早く逃げないと。

 俺は走った。必死に、脱兎のごとく。


「あっ」

 つまずいて、膝を擦りむいた痛みの直後、一生分を凝縮したような凄まじい痛みが、全身を襲った。走馬灯なんか見る暇もなく、俺の意識は途絶えた。


    *


「起きなさい。太郎よ、起きなさい」

 フワフワした何かの上にいた。心なしか母さんに似た優しい声が、頭の上に降ってきた。

「母さ……」

 安心して、目を閉じたままでいた。俺、痛かったよ。昔みたいに膝枕をしておくれ。

「違います。あなたは新一年生なのですか?」

 ツッコミのキレの違いで、違うと気づいた。


 目を開けると、そこは……ピンクい謎のオーラと、フワフワした雲が織りなす、天国っぽい空間だった。


「えっ、女神様じゃん! 謎に浮いてる神々しいストールに、純白のワンピースみたいな服! うわー、ベタな格好!」

「クソダサいイベントTシャツに、黄ばんだジャージの短パンを穿いているニートには、言われたくありません」

 女神様はずっと、美しい立ち姿で佇んでいた。目を閉じたまま、表情も少しも動かさない。こうして、辛辣なツッコミを入れている時もだ。


「もしかして、転生しちゃう感じですか?」

「はい、そうですね」

「俺、だいぶクズでしたから、そうだな……スライムとかどうですか?」

 頼む、そうだと言ってくれ。某ラノベの追体験をしてみたい。

「ダメです。私が管理している世界のスライムは、めちゃくちゃ強いですから。図体がデカくて、炎で全身を焼き切らないと、殺せません」

 残念な答えだったが、ワクワクは更に高まった。そういう少し変わった設定がある異世界、大好物だ。


「じゃあ……」

「ドリルですよ。グルグル回って、岩とかを掘るアレです」

「……へっ?」

「ああ、なんか胸の辺りに紐がついてて、それを引っ張ると変身するみたいな?」

 だとしたら、優しくしてくる女上司には要注意だな。

「違います。本当にドリルです。あなたには、鉱山にヤバい魔物が出まくって、困っているドワーフの国に行ってもらいます」

 淡々と告げる女神様。「そうか、裁きを受ける時が来たのだな」と、俺はうなだれた。

「ああ、なんか絶望していますが、キャタピラーがついていて自力で移動できますし、人と話すこともできますよ。なんなら、戦闘力もドチャクソ高いです」

「えっ?」

「あっ、目に輝きが戻った。いいですね、その意気で頑張ってください。本当なら、もっと丁寧に説明をした後、転生してもらうのですが、クズのくせに良い転生先なのが腹立つので、もう行ってください」

 地面に手をかざした女神様。俺の足元には、神秘的に光る魔法陣が現れた。

「前世で親不孝をしまくった分、せいぜい来世で人助けするんだな。さらば、田中太郎」


 ――かくして、ドリルになることが決定した俺は、「女神様の言う通り、異世界では人助けをしよう」と、光のトンネルの中を高速で移動しながら、心に決めたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界に転生したらドリルでした ~移動も会話もできるし強いらしいので、人助けをしようと思います~ てゆ @teyu1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ