理想の世界

@poo2222

理想の世界

 最新のAIが完成した。このAIは学習対象のデータとして既存のデータだけでなく、時間と共に書き換えられてゆくデータの変遷を採用することがコンセプトだった。

 完成したAIに開発者は最初の質問を投げかけた。

「世界から貧富の差を無くするにはどうすれば良いか」

 AIはしばらくして回答を返してきた。回答は全部で数千個のファイルから構成されていた。ほとんどのファイルはプログラムのソースコードや設定ファイルだった。

 その他にプログラムの仕様書等のドキュメント類、誰かに向けたプレゼンテーションファイル等が含まれていた。

 AIは詳細についてはreadmeファイルを読めと音声で回答した。

 readmeには目的を達するための指示が書かれていた。開発者は項目が多すぎて全てを読む気にはならなかったが、初めの指示はベンチャーキャピタルへの売り込みだったので意外に思った。プレゼンテーションファイルはベンチャーキャピタルへの売り込みのための提案書のようだ。提案書の中身を読んでみると、内容はオンラインゲームを使ったビジネス提案だった。

 開発者はあまり良い提案書だとは思えなかった。提案の内容がいかにユーザーにお金を使わせる仕組みに優れているかということを強調しすぎているように思えたし、なによりゲーム自体の内容が面白いとは思えなかったからである。

 この時点で開発者はAIが役に立たない回答を生成したのだろうと半分諦めていたが、今更自分の設計したAIを切り捨ててしまうのも悔しいので試みに指示に従ってみることにした。

 提案するベンチャーキャピタルは具体的に名指しで3社指定されており、売り込みをかける順番まで決まっていた。まずは最大手のA社へと出向いたが、提案に対して言いがかりに近いような批判ばかりされ、開発者は自分で作った提案ではなかったが不愉快な思いをした。次に中堅のB社は要求した出資額に対してかなり少ない額の上、大幅な計画変更を要求された。最後に新興のC社は良い反応で出資に前向きで計画もそのままで進めようという話になった。

 C社との契約がまとまりそうになっていたところに、A社から連絡があった。相変わらず高圧的な態度だが、要するに出資したいという話らしい。出資額はC社を3割上回る額だった。

 開発者はこの提案を請け、A社からの出資が決定した。出資を元手にサーバーを用意し、無事にサービス開始まで漕ぎ着けた。ユーザー数を順調に伸ばし、全世界で人気のゲームコンテンツとなっていった。

 ゲームの基本的な仕組みはこうだ。ゲームは仮想空間上で展開され、ユーザーはその中で擬似的な狩猟採集生活を送る事が出来る。ゲーム内には30種類の基本アイテムのみが定義され、ユーザーはそれらを組み合わせてより便利なアイテムを作り出す事ができた。原理的には組み合わせ次第で仮想空間内でどのような操作も可能なように設計されていた。ただしアイテムを組み合わせる操作だけはユーザーが手動で行う必要があった。開発者が面白くないと思ったのはこの部分だった。自動化出来る事をなぜ人間が手を動かす必要があるのかと。

 だが開発者の考えとは裏腹にこの機能がユーザーの間で人気となり、皆オリジナルのアイテムを作って互いに交換しあった。そのうち、特に便利なアイテムは急速に普及し、アイテムを制作してゲーム内通貨を対価として得るユーザーが現れた。中にはその営みで生計を立てるものもいた。ユーザー数が増えるにつれ、アイテムの“生産”はより複雑で大規模になっていった。数人で集団を作り、製作・販売等の役割を分担して得た利益を分配する仕組みを自主的に作り出していた。一つの集団の構成員が50人程になると生産のスケジュールや人員の割当、新しいアイテムの企画等に専従するユーザーが現れた。

 この頃になるとユーザーから運営側に強い要望が寄せられるようになった。あるアイテムがどのように基本アイテムを組み合わせた結果であるかを他のユーザーから見えないようにしてほしいという内容だった。新しいアイテムを企画してもすぐにコピーを作る集団が現れ、利益を横取りされてしまうことへの不満が募った結果だった。

 運営側はこの変更に乗り気ではなかったが、要望のほとんどが重課金ユーザーからであり、数も多かったため最終的に変更を飲まざるを得なくなった。開発者はこの変更に最後まで強く反対し、結果として経営から退くこととなった。サービス開始から3年目のことだった。

 集団はさらに大規模化し、最終アイテムの“部品”を専門に作る集団が現れる等、集団間での役割分担も発達していった。給与としてゲーム内通貨を得る人口が増大したため、ゲーム内通貨が現実社会でも流通するようになり、ゲームを遊ばない人も口座開設目的でアカウントを作成した。そのため、ユーザー数は全世界の人口とほぼ同数となった。

 ゲームを遊ばないユーザーが増えたことで、作られるアイテムの方向性に変化が生じた。例えば、仮想空間内に巨大なスクリーンを設置し、スクリーン上で任意の動画や画像を再生できるアイテムが作成され、再生するコンテンツを広告枠として販売する集団が現れた。広告はさらに多様化し、仮想空間内のあらゆるものが広告化されていった。広告による利益は広告枠を提供する集団に莫大な利益をもたらした。

 運営側は広告から現実世界へリンクさせる事を禁止したため、広告主はゲーム内に店舗を設置し、ゲーム内通貨で販売を行う事になった。この流れはゲーム内通貨の流通量を加速的に増大させ、国・地域問わず使用できる利便性も相俟って全世界のほとんどの資産がゲーム通貨立てに切替わっていった。

 一方で広告に直接関係の無いゲーム内集団は広告収入の恩恵に与れず、むしろ競争が激しくなった事で個々人の利益は減る傾向にあった。また、ゲームを遊ばない人々にとっても好ましい状況ではなかった。あらゆる購買行動において広告だらけの仮想空間にログインしなければならないし、ゲームの特性上、仮想空間内の移動手段やアイテムを持ち運ぶための鞄などあらゆるものにゲーム内通貨が必要だった。

 こうした状況の中、ゲーム内の一人のユーザーから全ユーザーに向けてメッセージが発信された。

「規約42条に基づき、解散動議を発議します。全ユーザーにより投票を行い、9割以上の賛成が得られた場合、発行済みのゲーム内通貨は全ユーザーに等分配され、本ゲーム及びゲーム運営組織は解散します」

 解散動議は可決された。

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