夢現次郎童話集

夢現次郎

サーシャの夜空

 空を舞うヒツジ。それがここ最近の、眠れぬ夜の決まった光景でした。サーシャは今夜も寝つけないで、ベッドから起きだすとパジャマのまま、表通りにサンダルつっかけ飛びだし、満天の星に彩られた夜空を見上げます。


 すると決まって空にはヒツジたちが飛び交い、サーシャに語りかけるのです。


「やあ、また来たね。きっとまた眠れないんだろう。いいだろう。ぼくらの数でもかぞえていればいいさ。そのうち眠たくなるよ」


「でも今夜はきみたち十匹もいないね。それじゃすぐにかぞえ終わっちゃうよ」


「想像力の問題さ。ぼくらのように、夜空の無数の星々も、みんなヒツジの形をしていると思ってごらんよ。かぞえるのに苦労するほど、夜空はヒツジだらけになるよ」


「やってみる」


 サーシャは言われるまま、一生懸命になって、星空がヒツジたちでいっぱいになっているさまを想像しました。


 するとどうでしょう。さっきまで光る点にすぎなかった星々が、あっちもこっちもヒツジの姿で飛びまわりはじめたのです。


「たいへん。わたしのせいで天体が」


「どうだい? ヒツジに変わっただろう」


「どうして」


「想像力の問題さ。きみのその空想力のおかげで、星たちはぼくらのようなヒツジに生まれ変わったんだ。ありがとう。おかげでぼくらもとうぶん、仲間には事欠かずにすみそうだよ」


 それ以来、眠れぬ夜にはヒツジ以外の、トラだとか、クマだとか、ちょっと変わり種ではアザラシなんかも登場するようになって、サーシャの夜空は動物たちのパラダイスと化したのでした。


 ところが、そんなパラダイスも長くはつづきませんでした。なぜならサーシャがベッドにもぐるとすぐに眠りに落ちるようになったからです。もう、ヒツジや動物たちをかぞえる必要もなくなってしまったのです。


 そして今、サーシャは眠りのなかでヒツジたちと話をしています。こんなふうに。


「やあ、最近、見かけないと思ったら。こんなところにいたのかい」


「あなたは……いつかのヒツジさんたち」


「たまにはぼくらの数をかぞえてくれなくちゃ。それじゃあんまり薄情ってもんだよ」


「だってわたし、すぐに眠るようになったから、もうあなたたちの数をかぞえる必要なんてなくなってしまったのよ」


「じゃあ、たまには表に出てきて、ぼくらをかぞえてごらんなさいよ」


「それじゃあ、ちょっとだけよ。ちょっとだけ、一度だけ、あなたたちのこと、かぞえてあげる」


「たのんだよ」


 サーシャはパジャマで、サンダルつっかけ、夜空を見上げに表通りへ飛びだしました。そこが夢のなかだとも気づかずに……


 サーシャはかぞえはじめました。ヒツジや動物たちの数をかぞえはじめました。


 それは永遠でした。無限につづく夜空の星々を、サーシャはかぞえはじめたのです。


 その夜は永遠につづきました。


 サーシャがかぞえ終わるまで……


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