第6話 ロケット噴射はコーラの味

 最終号機のNH2AロケットはLRBと呼ばれる巨大な補助ブースターを備えていた。LRBはコア機体の片側に一機のみ装着されており、そのためロケットは非対称であった。

 最終号機であることと、増強型であることから、岩崎重工春牧製作所の技術者は総動員の状態であった。

 打ち上げが迫る種子島の浜辺にて、剣木は若手社員の碓原と吉備野を引っ張り出していた。碓原は気落ちしていた。長年、遠距離恋愛をしていた恋人へのサプライズプロポーズは失敗し、その後、別れたからであった。

 碓原にサプライズプロポーズをするように教唆した形になった志真は、若干の責任を感じ、剣木に碓原を元気づけるように依頼をしていた。

 

「このあとペットボトルロケットやろう」

 剣木はそう言い残すと、若手社員二人を置いたままどこかに行ってしまった。しかし、ほどなくして、剣木がもどってきた。剣木はペットボトル、自転車用の空気入れと機材を持っていた。どこで合流したのかわからないが、定宿「たちばな」の一人娘、太刀花伊吹も一緒であった。

「こんにちわー」

 真っ黒に日焼けした伊吹(いぶき)は笑顔で挨拶をした。

 一方、剣木が手にしているのは2リットルのペットボトルであった。吉備野がペットボトルの中身について質問した。

「この中の黒いのなんですか?」

「コーラだ。賞味期限が切れてる」

「コーラ飛ばすのはまずいでしょう」

「なあに、大丈夫だ」

 早速、剣木はペットボトルの蓋をエアバルブに交換し、自転車用の空気入れで空気を充填し、ペットボトルを斜めに設置。5mほど離れた場所に4人は集まり、打ち上げ準備が完了した。次に剣木はスマホを取り出した。

「これ、ブルーツゥースでスマホから操作できるんだよ」

「すごいですね」

 剣木の説明に碓原が感心し、顔に赤みが差した。

 剣木がスマホを操作しようとしたとき、剣木がわざとらしい声を出した。

「あれぇ、バルブが作動しないぞぉ。えー、碓原君、ちょっと見に行ってくれないか?」

「はい、見に行きます」

 碓原は剣木の言葉を少しも疑わず、そのままペットボトルロケットの元へ向かった。そのあとを伊吹が追いかけた。

「あ、伊吹ちゃんまで行っちゃいましたよ。どうします?」

「うーむ。まあ、大丈夫だろ」

 ペットボトルロケットの近くから碓原が声を出した。

「どこ見ればいいんですか?」

「もっと顔を近づけて。噴射口をよくみて。なにかコンタミは無いか?よく見て。もっと近く」

「わからないです」

「いまだ。カチッ」

「わー」

「きゃー」

 碓原は少女を守るため、コーラロケットの噴射の盾になった。碓原の目、耳、鼻は炭酸コーラだらけになり、視覚と聴覚を失った碓原は浜辺の砂地に転がった。

「おーい。大丈夫か?」

 剣木の声は半笑いだった。

 碓原は砂地の上で横たわりながら考えた。少女は装置が作動する前から背中に回り込んでいたようにも思えた。よくよく考えれば、賞味期限切れのコーラがたまたま見つかるのは不自然である。そもそも剣木と少女が同時に現れた。この二人が予め段取りを共有していたのではなかろうか?その可能性はゼロではない。

 ペットボトルは空中を不規則に飛翔し、地面に落下した。ペットボトルにちょうどコップ何杯か分のコーラが残っているのが見えた。この場合、やるべきことはこれしかないだろう。

 碓原は起き上がって、低い声で指示を発した。

「おい、そこの主任を押さえつけろ」

「へい」

 吉備野は剣木を拘束し、碓原が剣木の背中にコーラのペットボトルを逆さに突っ込んだ。

「やめろー」

 落下したコーラを手にし、さらに碓原は剣木を追い回した。コーラを頭から浴びた状態で剣木は言った。

「まさに・・・水もしたたるとはこのことだな」

 これに碓原が返した。

「剣木主任、水じゃないです。コーラですよ」



 夕方、宿に戻ると食堂では伊吹と碓原が隣同士に座って一緒に作業をしていた。伊吹の学校の夏の宿題を碓原が手伝っていたのだ。これを剣木と吉備野が目撃した。

「剣木主任、どうするんですか?二人、仲良くなっちゃったじゃないですか」

「いいんじゃないか。お似合いのカップルじゃないか」

「もう、NH2ロケットは最終号機何ですよ。もう、種子島来ないですよ。それに伊吹ちゃんは中学生じゃないですか」

「はっはっは。いいじゃないか。いいじゃないか。こっそり写真撮っちゃおう」

「ちょ・・・」

 剣木はスマホで写真をパシャリと撮り、その写真を志真次長にメール送付した。メールにはこのようなメッセ―ジが添えられていた。

「剣木です。碓原君の様子ですが、何とか立ち直りました。証拠写真をお送りします」

 これを見た志真は顔をしかめた。

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