第4話 燃焼試験で事故 吹き飛ばされる若手技術者

 ちょうどその日、八千矛やちほこが試験室に向かうと廊下に古びたソファがおいてあった。粗大ごみで捨てるやつだそうだが、廊下の角に引っかかって外に出せないそうだ。外に出せないなら、どうやって中に入れたのか、不思議なものである。


 今回のエンジンは噴射器に改良を施したベル型エンジンで、定格作動試験から初めて、作動点をずらしてデータ取りをするという計画であった。今回はYAXAの関係者も参加していた。


 初回の燃焼試験を開始して10秒ぐらい経った時であった。計測装置が何らか異常を検知して、エンジンは停止させられた。


 エンジンが停止するや否や、八千矛は誰よりも先に席を立ち、試験室に向かった。

 試験室の扉は鉄でできているのだが、八千矛が扉の取っ手に手をかけようとしたときだった。扉は内側からものすごい勢いで開いた。その勢いは凄まじく、扉の傍にいた八千矛は吹き飛ばされ、しばらく先に廃棄物としておかれていたソファの上に不時着した。ソファのお陰で、幸いにして何のケガがなかった。その時はそう思っていた。


 ちょうど、昼休みになった時間だったので、八千矛は何事もなかったように立ち上がり、試験に立ち会っていたYAXAメンバーと一緒に食事をとることとなった。

 食堂で途中まで食べたところで、向こうの方から上司の平沼が険悪な表情で向かってくるのが見えた。すでに試験結果を見たのだろうか。それとも、試験がうまくいかなかったのをすぐに言わなかったのがまずかったか。上司の平沼はすぐに八千矛を連れ出し、YAXAメンバーが見えない通路まで移動させた。そして、八千矛を立たせたまま小言を言い始めた。


「試験がうまくいかなかったのは仕方ないとして、扉をロックしてなかったのは一体どういうことだ。細かいことをあんまり言いたくないんだが、いつも、ちゃんと安全確認しろと言っているだろう?残圧が廃棄しきれなくて、扉が急にあくことだってある・・・場合によっては骨折したり、命に係わるような怪我をする可能性だって・・・おい、八千矛。聞いてるのか?・・・・どうした?」


 八千矛は生返事すらしないし、表情もうつろである。平沼はその様子を異様なものを感じ、八千矛の肩を少したたいた。


「おい、だいじょうぶか?返事をしろ」


 叱責に来た上司の前で八千矛は意識を失って床に倒れた。慌てる上司。平沼は思わず心の声が出そうになった。あと半年で定年だったというのに!!

 八千矛は病院に搬送されたが、何日かすると、意識が回復した。

 初めに意識が回復した時、医師と平沼がベッドの脇に控えていた。平沼は背広姿で、今にも泣きそうな顔をしていた。しかし、八千矛は大した会話もできずに、すぐに眠りに落ちてしまった。


 二回目に意識が回復した時だった。

「うおー、ナマハゲだぞー」

「おい、剣木、他の入院患者に迷惑だろう」

「いやあ、ごめんごめん」


 剣木がナマハゲのお面をかぶって病室に押しかけていた。八千矛は内心うれしかったが、気恥ずかしい気がした。

「家族向けにやったらどうか?」

「ああ、この間、帰宅した時にやったんだよ。長男は、はじめ『キャキャキャ』とかいって楽しそうにしていたのに、鬼のお面を取ると今度は泣き出すんだよ」

「なんで泣くんだ?」

「人見知りだね。ははは」

 しかし、八千矛の下半身はその時以来、マヒした状態となった。何度も精密検査を受けたが、終に回復することはなかった。

 八千矛は、これで出世争いからは完全に離脱したと考えていた。しかし、実際には違った。八千矛の元には、不思議と優秀な部下が配置されるようになり、次々と仕事の成果を上げていった。剣木は一歩先に主任昇格していたものの、それ以降、一度も昇格することはなかった。

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