あ
雲矢 潮
あ
ふと気付いて、Youtubeで流していたBGMを止めた。
床に敷いた布団の上に横たわる私の耳に聞こえたのは、秋の虫の声だった。
前にいたところなら、空耳とがっかりしてまたイヤホンを両耳に戻しただろう。虫の声なんて聞こえるはずもなかった場所だから。(今は、音楽をスピーカーで流していたけど。)けどこの声は本物だ。耳を澄ます。
必ずしも心地の良い音ではない、空耳の、うぃんうぃんという音と大差はない。けれど、すぐそこに鈴虫や松虫、そうでなくても秋の虫たちが居て、私はそれをここで聴いている。その事実が、私を安堵させた。
家に一人、無為に、(いや、小説を書こうとして、書けなくて、作業用BGMを何時間もただ黙って聞いていた)横になって過ごしている、夕方。陽が落ちるのがずいぶんと早くなって、もう外は昏い。重い紺色の空が窓にのぞいている、私はそれを眺めていた。
朝にやった髪型はもう崩れてきて、視界の端にぼさぼさに跳ねた髪が見える。髪ゴムももう緩くなっているだろう、まだ外れてはいないけど。首筋に触る自分の髪をそっと撫でて愛おしんだ。
はっと思い出した。今日は、彗星が見える。夕方、西の空。時刻は……、もう遅いかも。布団を飛び出して階段を降りる。喉が乾いていて、三半規管がおかしくなっている。玄関の戸を勢いよく開けて、その方向を見る。一歩、二歩、三歩、それだけ玄関から離れてから、裸足なのに気付いた。アスファルトの地面に足を乗せ、ごつごつした感触が地に私の足をつける。そこに二筋の尾を引いた彗星はなかった。飛行機の赤/緑のランプが瞬いていた。
部屋に戻ると、もう虫の声は聞こえなくなっていた。
空腹を覚えながら、Youtubeのタブを開き、またBGMを再生し始めた。
もう夕方というより夜だった。家に一人、スピーカーから流れる音楽を聴いていた。
あ 雲矢 潮 @KoukaKUMOYA
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