第3話

「もうやだ……本当に無理…」


「ため息は幸せが逃げますよ」


いつものように部活動である剣道に励みながらも、大きなため息を漏らすと、友人でもあり、クラスメイトの渡会わたらい 澄香すみか がスポーツドリンクを飲みながら小言を漏らす。品のある立ち振る舞いと言葉遣いが特徴的な可愛らしい女子だ。

おまけに剣道も私ほどでは無いが、それなりに腕が立つ方なので去年の大会ではメディアからの取材を受けていた。


猿と犬飼に告白をされてから一週間……

私は未だにその二人からの返事をせずに、一人悶々と日々を過ごしていた。

猿は隣の席だからめっちゃ気まずいし…話しかけてくれるけど、どうしてもぎこちなさが出てしまう。

犬飼は先週のことなんか忘れたかのように普通に接してくるため、私が一人で悩んでいることが分かってからはドキドキよりもイライラが勝っている。


「分かっててもため息しか出ないこの状況が悪い」


「あら!二人の男性から言い寄られるのがため息?!まあまあ!随分と贅沢ですこと!」


「竹刀取りなよ。潰してあげるから」


「私が桃ちゃんに勝てるわけが無いので遠慮しておきます」


「やってみないと分からないじゃん」


「小学校の頃から一度も勝ててないんだから今やっても結果は見えています。剣聖さんが弱いものいじめはダメですよ?」


「ちぇっ……久しぶりに澄香と本気でやりたいのに」


『将来は剣聖だな!』これは私が剣道を始めてから言われ続けてきたこと。

特別な稽古をしたわけでも、親が有名な選手というわけでも無い。ただ相手が攻めてきたらそこに一本振るだけ。

この戦術で私は小学生から始めた剣道では公式戦での負け星はゼロ。つまり無敗で今まで数々の大会の優勝を掻っ攫ってきた。そのせいかいつからか『小宮 桃華が出場するならあの子が優勝だろう』なんて言われる始末だが、私もここまで来たからには全ての大会で優勝をするつもりだ。


「剣聖さんが一丁前に女の子の顔になっちゃってまぁ」


「はぁ…」とまたあの二人のことについて考えながらため息をつくと、澄香が呟く。


「むっ…私は生まれてからずっと女の子ですけどね!」


「よく言いますよ。試合中は鬼のような気迫を出しているのに」


「試合はプレッシャーを出した方が勝つって決まってるの!剣を持ってるんだから相手を殺すくらいの気持ちじゃないと」


「だから対戦相手の子が泣くんですよ?」


「それは本当に申し訳なく思ってる」


たまに私と試合をした相手の女子が泣き出すことがある。最初の方は負けて悔しいから泣いているのだと思っていたが、話をよく聞いてみるとどうやら私が出している気迫が怖くて試合中に泣いてしまったというものだった……

防具も着けて顔もよく分からないのに、プレッシャーだけで泣き出すなんてなんてか弱いのだろうと思っていたら、泣き出す子がその後も続出したため、最近では自重をするようにしている。


「全く…私のどこが良いんだか……こんな剣道しか取り柄がない女に魅力を感じる男がいるとは思わなかったよ」


「そうですか?私は桃ちゃんのこと好きですよ?」


「はいはいありがとう」


「しっかり聞いてくださいよ!」


澄香の言葉をさらっと受け流すと澄香は不服を示すかのように、私に抱きついてくる。

この子はこうして人に抱きつく癖があるのだが、間違っても男子にはしないようにしてほしい。同性の私だから何も言わないが、好意を持っていない相手に対して澄香がやるのは、勘違いしてしまう男子が可哀想だ。


「私は今から生徒会室に向かうから。サボらないでしっかり練習しなさいよ?」


「分かってますよ~だ!桃ちゃんの鈍感!ばか!」


私が稽古場を後にしようとドアの前で澄香に声をかけると澄香はいつもの口癖を叫ぶがそのままスルーして生徒会室へと向かう。

稽古場から徒歩三分ほど離れている生徒会室に入ると、中にはノートパソコンを開きながらキーボードを叩いている一人の男子生徒がいた。


「お疲れ様です会長」


「ああ」


生徒会長の 雉子波きじなみ らい 。吊り目を黒縁のメガネで覆っており、冷静さを崩さないミステリアスな雰囲気を纏っている人だ。高身長なことも相まって、特に私たちの学年からの人気がすごいが、本人はその女子たちを鬱陶しく思っているらしい。なんとも羨ましい人だ。


「遅かったな」


「少しだけ稽古場に顔を出してたので」


「そうか、もう少しで大会も始まるし桃華の仕事は減らすようにしよう」


「私は大丈夫ですよ?多分勝てるので」


「桃華が言うと驕りで虚勢でもないから恐ろしいよ…しかし桃華は校長からも期待をされているし、この学校の副会長として全力で戦ってくれ」


「ありがとうございます」


会長の尊敬出来るところが今のような気遣いのできる場面だ。

自分の負担が増えることを苦に思わず、率先して人のことを助けることができる。会長のことは少し怖いが、こうして尊敬ができる部分が多いため会長の横に居ることができる。


「そういえば、桃華は二人の男子生徒から告白をされたらしいな」


「その話やめてください。ていうかなんで知ってるんですか」


「お前は剣道での天才として在校生からすればすでに多少は有名だからな、そもそも公開告白なんて学年が違っても嫌でも耳に入ってくる。これで学校中の生徒に知られる有名生徒になれたな」


「嫌な有名のなり方……」


「良いじゃないか、もしかしたら剣道の強さに惹かれて違う男子生徒が告白をしてくれるかもしれないぞ?そうすればモテモテの花の女子高生だ」


「私は別にモテたいと思って無いし、男子を侍らせるつもりもないので……そう言う会長の方がモテてるんだからそろそろ彼女の一人や二人作ったらどうですか?なんなら私が良い子を紹介しましょうか?」


「…遠慮しておく。俺は昔から憧れている人がいるからな」


「へー意外……会長って恋愛とか出来たんですね」


「お前は俺のことをなんだと思ってるんだ……」


何かと聞かれたら「異性には全く興味のない枯れ切った男子高校生」なのだが、流石にこれを声に出すと怒られるため心の中に閉まっておく。

それにしても本気を出せば東大にも、余裕で合格が出来るらしいくらいには学業で秀でている人が昔から憧れている人なのだから本当に素敵な人なのだろう。


「本当にどうしたら良いんでしょうね……」


頭の中であの二人のことを考えていると、思わず言葉が出ていた。


「どうしたらって、告白の件か?」


「そうです……一人は私の席の隣の友人だし、もう一人は一年生のよく分からない子なんです。二人とも確かに良い人であることには変わらないので、適当に断るのも良くないじゃないですか。」


いくら急に告白をされた側とはいえ、流石に何にも返事をしないでそのままというのは良くないことは私にも分かる。犬飼は知らないが、猿は勇気を出して告白をしてくれたのだ。その勇気に私が応えないというのはあまりにも酷い話だ。


「別に断らなくても良いんじゃないか?」


「え?」


「その二人が今すぐにでも答えを聞きたいというなら話は別だが、そうでは無いのならすぐに答えを出す必要はないだろう。まだ返事が決まっていないなら尚更な」


「で、でもそれだと流石に不義理というか……」


「大丈夫だ。その二人は一年や二年くらいなら余裕で待てる」


「???」


会長はやけに猿と犬飼のことを知ったような口ぶりだ。


「会長はあの二人のことを知っているんですか?」


「ああ」


意外だ。猿と会長はほぼ正反対と言っても過言ではない性格だ。

犬飼に関しては今年入学してきたのだから絶対に関わりはないと勝手に決めつけていたが、どうやら会長は後輩男子にも顔が広いらしい。


「しかし俺があの二人に遅れをとるのは癪だ」


「会長?」


ノートパソコンをパタンと閉じて、会長は席を立ち私が座っている椅子に向かってくる。


「犬が無鉄砲なのは知っていたが猿までこのタイミングにするとは完全に予想外だ」


「会長?何を言ってるんですか…?」


「……お前は犬飼から何も聞いていないのか?」


「まさか会長まで私のことを桃太郎とか言い出すんじゃないでしょうね?」


「そのまさかだ」


はぁ……これはあれか?会長は犬飼と共謀して私にドッキリを仕掛けているとかそういうのか?


「なんなんですか?会長も犬飼も私にドッキリでも仕掛けているんですか?」


「いやそんなのではない。お前は正真正銘桃太郎の生まれ変わりだ。犬飼もその時の家来。この話を聞いていないのか?」


「聞きましたよ。でもそんなの信じるはずがないでしょう?桃太郎云々の前に生まれ変わりっていう時点で信じられないのに」


「別に信じてもらわなくても結構だ。俺はお前に俺と付き合ってもらえれば結構だからな」


「……は?」


「聞こえなかったか?俺と付き合ってくれと言っているんだ」


……思考が十秒ほどフリーズする。

オレトツキアッテクレ……???


「別の今すぐ返事をくれなくても大丈夫だ。決まったら返事をくれ」


珍しく耳まで真っ赤にした会長は荷物を持って、そのまま私一人を生徒会室に残して何処かへ行ってしまった。


「なんなのもーーーーー!!!!」


私の心からの叫びは生徒会室に響くだけだった。

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元桃太郎は家来に恋をしない 羽根とき @goma1125

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