第2話
あの入学式から約一ヶ月が経ち、そろそろ一年生も学校に慣れたかなと外のグラウンドで体力測定をしている生徒達を眺めながら思う。
教壇では、そろそろ定年の老教師が呪文のような数字と記号の羅列を黒板にカツカツと音を鳴らしながら書き、眠くなる声で教科書の内容を述べる。
「どうした?」
ふわぁとあくびをしながら外を眺めていたのが気付かれたのか、隣の席で友人でもある
黒髪ショートのいかにもスポーツ出来ます!と主張してくるような髪型に、黒目がくっきりとしている綺麗な三白眼が特徴的だ。キリッとしているのにどこか優しさがある彼の目には不思議な魅力があり、言葉遣いが少し荒い時もあるがその言葉の節々と行動に優しさが溢れている。
「なんでも無い。ただ少し眠たかっただけ」
「先生の声マジで眠くなるもんな…数学好きじゃなかったら普通に寝てるわ」
「私は嫌いだから今すぐにでも寝たいよ……でも生徒会役員としてしっかりしろって会長に怒られちゃうから寝ないけど」
「桃って会長には従順だよな。あんな奴の言うことなんて無視しとけばいいのに」
「そうはいかないよ」
いくら数学が嫌いだからと言って、あの超怖い会長の怒りを買うような真似はしたく無い…一回だけ怒られたことがあるが、泣きそうになってしまったほどだ。
しかし彼自身もそのあとは言い過ぎたと謝罪をしてくれたため、悪い人では無いようなのだが今でもあの時の会長は忘れることが出来ない。
「そろそろ授業も終わるし頑張れ」
猿はそう言いながら、私にコソッとチョコレートを渡してくれる。
「ん…ありがと」
先生にバレないように教科書で顔を隠しながらチョコレートを口に入れる。
柔らかい甘さが口いっぱいに広がり、先ほどまでの眠気も何処かに吹っ飛んでしまった。
猿にはこうして毎日何かしらのお菓子を貰っており、たまに餌付けをされているような気にもなるが貰えるものは有り難く貰っておこうの精神で、毎回受け取ってしまっており、そのおかげで最近は体重が増えている。
チョコレートの甘さを堪能していると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
昼休みに入り、生徒達はお弁当を広げたり食堂に行こうなど元気な声が聞こえてくる。高校生にとってやはり学校での楽しみは食事なのだろう。
「ご主人!一緒に食べましょう!」
私も食堂に行こうかなと思い席を立つと同時に、この一ヶ月ずっと悩みの種になっている原因が廊下で笑顔で私に向かって手を振っている。
私のことを桃太郎だと言い張り、彼は自分のことをその時の家来だと言って私のことをご主人と呼んでくる 犬飼 一だ。恥ずかしいからやめて欲しいのだが、彼はこの一ヶ月ずっと私に対しての執着が凄く、休み時間や放課後になると決まって私の元へとやってくる。
ちなみに私は彼の言っていることは一つも信用していないし、する気もない。もし仮にその時の記憶がある人が三人以上でも現れれば話は別だが……まさかね。
「あいつまた来たのか」
猿が呆れた様子で廊下にいる犬飼を見つめる
あの子は何度私が追い返しても、休み時間になると来てしまうせいでこの学年では面白い新入生だと話題になっているが、私としては普通に恥ずかしいだけだ。
「前から気になってたんだけどあいつ桃のなんなの?」
「私が聞きたいよ……私のことご主人って呼ぶから変な誤解を生むし、やけに距離も近いし……でも悪い人間じゃないから拒絶も出来ないしでどう扱うのが良いのか…」
そう、悪い人間ではないのだ。寧ろ世間的には良い人判定をされるだろう。
私が重いものを持っていたら必ず代わりに持つし、私の好きなものはエスパーのように当ててくる。気まぐれで彼のいる一年生のクラスを覗いてみた時は、クラスの中心人物で人気者のようだった。
だからこそ対応に困るのだ!
彼がもし性格の悪い嫌な人間だったらすぐに拒絶をして、「もう近づかないで」など言って関わらない選択も出来ただろう。しかし良い人だから彼のことをぞんざいには扱えない。つまり私が彼と関わらないという選択は出来ないのだ。
「私も別にあの子と喋ること自体は嫌いじゃないから良いんだけどさぁ」
「そうか……」
猿は何か気に食わないのか、少しだけ怖い顔をしながら席を立ち廊下にいる彼の元へと向かう。
「おいバカ犬」
「ん?あぁ君か…何?僕はご主人に会いに来たんであって君には用がないんだけど」
「これ以上桃に近づくな」
二人は知り合いだったのかやけに砕けた口調で会話をする。
それよりも猿はなんだ?私に近づくなとか言っていたが……私が彼の扱いに困っているから言ってくれたのだろうか?
「なんでさ」
「この世界で桃はお前のことを知らないからな。これ以上桃に迷惑掛けるな」
「君には関係ないでしょ?それにご主人が覚えていないのは君も同じだし」
「は?」
猿の威圧にクラスだけでなく周辺全体の空気がピリッとする。
猿は犬飼を睨みつけ、身長の低い犬飼は猿のことを下から不敵な笑みを浮かべながら見つめる。私に向けるいつもの目では無く限りになく敵意に満ちた顔をしながら。
「君にご主人は渡さないよ」
「ん?!」
なんだかよく分からないが、雰囲気で話を聞いていた私も犬飼の言葉に思わず大声が出てしまう。
犬飼が今の言葉を発した瞬間に、クラスいや廊下にいる全員の顔が自分に向けられる。
しかし猿だけは違い、今も犬飼のことを睨んでいるのが背中から分かる。
「桃はお前にだけは渡さない」
「は?!」
今度は猿の言葉で声が出てしまった。そしてそれと同時にまたまたギャラリーの顔が私の方を向く。
「ご主人!」
「あ、はい!」
急に名前を呼ばれたため思わず返事の声が裏返ってしまった。いやご主人は名前じゃ無いけども!
「ご主人って今は彼氏いないんですよね?」
「え?まあうん……」
彼氏なんて今のいままで出来た事ない。
いままで全国優勝をするほどに剣道を極めてきた私にとって恋愛感情なんて邪魔な物でしかなかった。
それに私の顔は良くも悪くも普通、剣道を極めてそこら辺の女子よりも体格も大きい分男子に言い寄られると言うことも無かった。そのため今までは彼氏を作る気も無かったのだが…なぜ今…?
「それならこれから二年間ご主人のことを口説きます!」
「は?」
「自分ご主人の事好きなので」
「はぁぁぁぁ!?」
「でも今すぐに付き合ってくださいとは言いません。この二年間で僕のことを好きになってもらえるように頑張ります!」
犬飼はそう言うとギャラリーの海を掻き分けて、走りながら何処かへ行ってしまった。
「ちなみに俺も桃のこと好きだから」
犬飼が何処かへ走り去ると、顔が赤くなってもうその場から動けないほど動揺している私に追い討ちをかけるように、猿が告白をしてきた。
猿も恥ずかしいのか、その言葉だけを残して顔を赤くしながら何処かへ行ってしまい教室には動揺を隠すことが出来ない私のみが残されてしまう結果になった……
やがてこの話は学校中に広がり、私は同時に二人の男子から公開告白を受けた女子として有名になり、この話自体が伝説になった。
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