第1話

「ご主人!僕のこと覚えていますか!?」


入学式の後の学校案内の際に、一人の新入生の男子から声を掛けられる。

私は小宮 桃華、剣道が唯一の取り柄と言って良い容姿普通、学力普通のどこにでも居る普通の女子高生だ。現在は生徒会役員ということで、新入生のための学校案内をしている真っ最中だった……

しかしその状況は一瞬にして変わった。


「えっとごめんね?君のことは知らないなぁ…誰か別の人と勘違いしているんじゃない?」


私は幼少期からの記憶で彼との思い出を隅々まで探したが、どこにも彼の姿は無い。ということは彼と私は初対面のはずだ。

ていうか何?ご主人?私は今までそんな誰かのご主人様になった覚えは無いし、そんなキャラでも無い。

だが目の前の彼は期待の眼差しで私のことを見つめている。確実に私のことを知っている目だ。

茶色い髪の毛に男子にしては可愛らしい顔、身長は私よりは高いが男子にしては低い方だろう。愛嬌のある笑顔をしている彼は一度会ったら忘れることはないはずだ。


「ひどいなぁ……僕たち一緒に暮らした仲じゃないですか!」


小声だったが前の方にいた新入生の耳には聞こえたのだろう、彼の言葉を聞いた新入生は一気に私たち二人のことを見てくる。

そしてそれと同時に私の頭も真っ白になった。

私と彼が一緒に暮らした…?そんな筈無い。私はこの十七年間両親、そして祖父母としか暮らしていないのだから。もし本当に彼が一緒に暮らしていた事実があるならば、それは私の記憶がなかった頃の話になる。


「じゃ、じゃあ君の名前を教えてくれる?そうすれば君のことを思い出せるかもしれないし!」


絶対に思い出せる筈が無いのだが、一応彼の名前を聞いてみることにした。

存在していない記憶を彼が勝手に作り出しているため、聞いても分かる筈が無いのだが……


「僕は犬飼 一!あなたの家来です!」


「け、家来…?」


「そうです!」


何を言っているんだこの子は……

初対面の人間に対してこんな純粋な目をしながら、意味の分からない事を言われて困惑しか生まれない。


「久しぶりにご主人に会えて本当に嬉しい……また僕のこと撫でてください!」


嬉しそうにしながら、犬飼と言った彼は頭を私の方に頭を差し出してきた。


「ま、まあ詳しい話は後でしようか!みんなごめんね!行こうか!」


後輩の頭をわしゃわしゃと撫でるわけにはいかないし、このまま彼の話を詳しく聞いているといくら時間があっても足りないため、話を切り上げて学校案内を進めることにした。


よく分からない子に絡まれて少し紹介に動揺が出ていたかもしれないが、無事に学校紹介は終わらせることができた。

少し緊張をしつつも、高校に入って初めての後輩の前で良いところを見せることができたかな、と先ほどまでの余韻を感じつつ、喉も乾いたため自動販売機に向かうことにした。

いつもは生徒で賑わっている食堂は、入学式のため当たり前だが誰も居らず私しか姿は見えなかった。この非日常は中々味わえないだろう。


「あ!ごしゅじーん!!!探しましたよ!」


一人きりの食堂という優越感を味わっている時に、その優越感を壊すぞと言わんばかりに元気な声が聞こえてきた。

先ほどの犬飼という新入生だ……


「なんでここに居るの!?ホームルームは!?」


「あんなのよりもご主人の方が大切ですから抜け出してきました!」


「あのねぇ……今日のホームルームはこれからの学校生活についてや、自己紹介とかもするんだよ?しっかり出ないとダメでしょ?!」


初日からホームルームをすっぽかしてこんなところに居ると、クラスでは変人扱いをされてハブられること間違いなしだ。私のことをご主人様扱いしている時点でだいぶ変人ではあるのだが…


「それなら大丈夫っす!先生にはご主人を探すと言って許可を得てきたんで」


「なんでそんな言い分で許可が取れてるの?」


もしかしたら意味が分からなすぎて思わず許可してしまったのかもしれない…

うちの高校割と教師陣が適当なところがあるため、面白そうだと思い許可したのかもしれないが、それでも入学式というしっかりとした場所なのだからちゃんとして欲しい……


「まあもうホームルームはいいや……それで?気になってたんだけどさっきから言ってるそのご主人ってなに?」


彼のホームルームはもう知らない……別に私に直接害があるわけでは無いし放っておこう…

それよりも気になっていることをストレートに聞いてみる。


「もしかして本当に覚えて無いんすか?」


「私は君のことなんか知らないし、ご主人になったつもりは一切ないよ」


「じゃあ簡単に説明しますね?ご主人は桃太郎って知ってるすか?」


「それはまあ勿論……」


日本人である私がそのお話を知らないはずが無いが、どうして今桃太郎が……?


「あの桃太郎がご主人です」


「は?」


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