◆◆(2)

 人目を気にしなくていい場所を考えて、バイト先に連れて戻った。

 どんよりと効果音がつきそうなくらい落ち込んでいると思えば、恭くんといた女子を「将来のお嫁さんかも」と無理矢理笑いだす。正直不気味だった。


「恭くんのこと、保育園の頃から好きだったんだあ」


 計算すれば10年以上も前からになる。でたらめな付き合いをしている藤に聞かせてやりたい。

 自分が保育園の頃はどうだっただろう。あの頃の記憶なんて覚えていることの方が少ない。感情だってそうだ。


「それってほんとに好きだったわけ?」

「どういうこと」

「そんな小さい頃から、恋愛感情と憧れを区別できんの?」


 空元気の笑顔が消えた。

 しまったと思ったときには、もう手遅れだった。


「あなたに何がわかるの」


(どこがおしとやかだよ)


「10年間、恭くんが大好きで、望みがない今だって。会ったばかりの人にわかるほど、簡単な気持ちじゃない!」


 腹の底から声を出すんだ。好きだと訴えるんだ。


 部屋に沈黙が落ちる。あっちも自分の言動を後悔しているらしくうなだれている。


「ごめん」「悪い」と謝ったのは同時だった。

 大きな目が不思議そうに見てくる。さっきのは俺の方が悪かった。


「直球すぎるとか、デリカシーないとか、女子に言われる。そんな泣きそうな顔して、簡単な気持ちなわけないよな」


 素直に謝ると、俺を見据えていた目から大きな粒がこぼれ落ちた。


「ごめん。泣くつもり、なかったんだけど」

「別に、いい。気が済むまで泣けばいい」


 泣きたいときは、我慢しないで全て吐き出してしまう方がいい。

 小さな子どもみたいに泣きじゃくる姿を眺めながら、恭くんへの羨望とともに、新しい感情が生まれていた。



 ○



 その感情がすぐ本人にバレるとは思わなかったけれど。




 果乃と映画を観に行った帰り、藤の家に寄って、のんきに絵を描いていた背中を蹴っ飛ばした。


「痛っ」

「ばかやろー」

「優斗がわかりやすいのが悪いんだろ」


 自覚がある分、言い返せずに俺も床に座る。


「いつの間に果乃ちゃんと仲良くなったの」

「おまえらがカラオケに来てから色々あって」

「あの後どうなった? こくった?」

「今返事させなかった。果乃は10年間好きな人いるから」

「10年!? 一途なんだね」

「な」


 ころころと変わる表情が思い出される。

 好きな人のことで笑って、怒って、泣いて、真っ直ぐな気持ちを向けられる恭くんがうらやましくて。あの大きな目が、想いが、自分に振り向いてほしいと思った。


「輝が知ったら抜け駆けだって責められるかもよ」

「知るか。俺の方が前から気になってたし」


 けれど、時間は関係ないと思わないとこれからやっていけない。なにせ10年間だ。しかも恭くんはかっこよかったし、さらに頭も性格も良く、果乃にとって完全無欠な人間らしい。

 それに、気にしても仕方ないことなのかもしれない。恭くんのことを好きな果乃を、俺は好きになったんだから。


 恭くんを好きなままでいいから、まずは俺のこと知って。急がなくていいから、俺に時間をかけて。

 そうしていつか、自分の意志で会いに来て。

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遠回りランデヴー 森野苳 @f_morino

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