第3話 力

あんな事があったけど、なんだかんだでその後は休日を存分に楽しめた。

「いやー、やっぱり時雨はクレーンゲームとかアーケードゲームがうめぇな」

「まあ、あれらは動きが単純だからな」

「確かにそうかもしれないけどさ、だからといってそんなちょっとやる程度ではあそこまでできないだろぉ!?」

「それはまあ……慣れだよ」

「かぁー、これだからセンスのあるやつは困るね」


というような他愛もない会話をしながらもうすっかり赤くなった空の下、咲人と二人で家に帰っていた。大知とは家の方向が違うので、すでに分かれていた。


「ところで、話の流れを切るようで悪いんだが、俺は家に帰ったらあの本について色々調べてみるつもりだ」

「それは俺も考えてた。でも、間違いなく普通の本ではないよなぁ。やけに興味が惹かれて、そのまま読んだらとてつもない頭痛に襲われたしねぇ」

「あ、やっぱりお前もだったか。思い出したくないから言わないようにしてたけど…この感じだと大知もだろうな」

「そうだろうねぇ」

「ただ、あの頭痛はなんか知識が入ってくるって感じだったよな」

「確かに。それに、俺の本のタイトルに魔法ってあったけど、実際本の内容は呪文みたいなものだったよなぁ……怖いから使いたくはないけども。なんとか見れた説明も物騒なことが書いてあったし」

「うーん、それも含めて調べるか。それなら、俺の方は多分大丈夫なのがあったから、帰ったらそれを一回試してみる」

「ええっ?大丈夫か、それ。俺はやめといたほうがいいと思うけどなぁ」

「確かに怖いが、現段階だとまだ何も分からないからなあ。悪いけど、俺は試させてもらう」

「そうかぁ。ま、それならそれで止めはしないぜ。ただほんとに危険な目に合うことがないようには気をつけろよ」

「ああ、分かった」

「そいじゃ、もうすぐ俺んちだし話も終わるか。では、また明日」

「ああ、また明日な」


そう言って、咲人とも別れる。ひとまず、家に帰ったら晩御飯食べて風呂に入ってから、自室のパソコンで調べてみるか。




「ただいま」

家の扉を開け、そう言うが、「おかえり」の声はない。代わりに、少し香ばしい匂いと揚げ物を揚げる音が聞こえてくる。今日の晩ごはんは揚げ物みたいだ。唐揚げか、それともハムカツか、もしくは…と晩御飯を楽しみに心を弾ませながらも、一旦カバンを置きに二階の自室に行く。


手を洗い終わり、リビングの扉に手をかけ、扉を開ける。


「ただいま」

「兄貴おかえり」

母はイヤホンで曲を聴きながら料理しているのか返事はなく、代わりにソファーで横になりながらゲームをしている弟が返事してきた。

「おかあさーん!兄貴帰ってきたよー!」

弟が大声を出してようやく気づいたのか

「おかえり~!今日の晩ごはんは天ぷらよ」

と返事があった。



「そういえば、なんで今日の晩飯はわざわざ天ぷらを作ったの?」

「それは」

「それは俺らの野球部が県大会優勝したからだよ、忘れたのかよ」

「ああ」

弟が会話に割り込み食い気味に言う。

そういえばそうだった。弟は夢守中学校の野球部に所属しているが、あそこの野球部は地元では結構有名な野球部だった。度々地区大会でもいい成績を残す強豪校なので、たまに家からそれほど近くないのにわざわざ野球のために来るやつも居たっけか。弟も、小学校の頃から野球少年だったので、中学でも野球部に入った。もともと才能があったのか、弟は頭角を現し今は中学二年生ながら一軍でピッチャーをやっている。


「そう。それで、そのお祝いのために今日は天ぷらを作ったのよ」

母が弟の会話に乗っかかる形で言う。ちなみに、天ぷらな理由は弟が天ぷらが好きだからだ。

「まぁ、立ち話してご飯が冷めてもあれだから、早くご飯よそってきて晩ご飯にしましょう。手を洗ってないなら手を洗ってきなさい」

と母が話を切り上げる。



「いただきます」

「はーい」

俺の家ではいただきますに対して母が返事するのが風習だ。ま、そんなことはともかく天ぷらを頬張る。腹が空いていたから凄く美味しい。


「でさ、今日の練習試合で相手が変化球警戒できているのに清々しいストレートを決めて空振り三振取ったんだよ」

いつものように弟が今日の上手くいったことを自慢している。ただ、弟が運動を好んでやるのに対し、俺は嫌いではないが好んではやらない感じで観戦も基本しないので、正直弟が言っていることの半分以上がわからない。まあ、俺は自分のことを話すのはあまり好きじゃないので、弟が話してくれているのは気が楽だ。


「そういえば、兄貴は今日どうだったんだよ」

「咲人君や大知君とは仲良くやってるの?」

「むぐっ……いきなりなんだよ」

いきなり話を振られて危うく喉を詰まらせそうになる。

「どうって、別にいつも通りだよ。あいつらとも仲いいよ、普通に」

「そう。なんかなかった?大丈夫?」

そう言って母はいつもより切り込んでくる。もしかして、自分の様子が違うと感じ取ったのかもしれない。普段はやや鈍感なのに、こういう時だけ鋭い。

「いや……まあ、何も」

一瞬あの本と一連の体験について話そうかとも考えたが、飲み込むことにした。

「それじゃ、食べ終わったしそういうことで」

「ふーん……まぁ、大丈夫ならよかった」

母は腑に落ちていないようだったが、そのまま残って変に漏らしてもいけないので、切り上げて自室に戻った。



部屋の電気をつけて、パソコンを立ち上げる。電源がつくまでの間に、例の本を棚の裏から取り出した。そして、ぺらぺらと数ページめくる。

(最初に読んだときはああだったけど、今読んだら普通の本だな……内容以外は)

一度知識が入ったからかもう頭痛は起こらないが、だからといって内容が理解できたわけではない。むしろ、詳しく読めば読むほどオカルトじみていてバカバカしいと思えた。


そう思っているうちにパソコンの電源が付く。一旦思案を切り上げて、パソコンに向き合う。そして、慣れた手つきで

ヨグ=ソトース とは

と入力しようとするが、ヨグ=ソトースと入力した時点で、サジェストに、呪文であったり、ゲームのタイトルであったり、そして、


(クトゥルフ?また知らないやつがでてきたな)

目にとまったそれを検索する。すると、一番上にウィキペディアがでてきたので、それで調べる。

(なるほど、ラヴクラフトの作品に出てくる架空の神、あらゆる概念を超越する存在であり空虚…)

と、小難しいことに少し辟易する。


ただ、ここから分かったことは、ヨグ=ソトースは架空の存在だということか。

そうして、同じようにハスターとツァトゥグァについても調べる。すると、同じようにサジェストにクトゥルフが出てきた。

(つまり、この三体はいずれもクトゥルフ神話に登場する架空の神ということだな)

以上の結果から、そう結論づける。


(ただそうなると、この本は何なんだ。頭痛の説明がつかないけど、ただのオカルト本ってことか?)

そのように思案するが、結論は出ない。そして、俺は結論が出ないことが嫌いだった。

(分からないのなら、試すほかあるまい)

そこで、先ほどの本を再びめくり、適当にひとつに当たりをつけて、そこに書かれた呪文らしきものを試すことにした。

(そうだな……なら、この『時間の捕縛』というものを試してみるか。恐らく何も起こらないとは思うが、もし本当なら、『時間を止めて、任意のタイミングで解除できる』なんて興味深い)

なんて思い、呪文を唱えようとするが、気づく。

(あれ?呪文についての説明は事細かくあるのに使い方は「念じる」としか書かれていないが…こうでいいか)

と投げやりに念じる。

何が起こるかと期待して、しばらく待つ。しかし、しばらくしてみても変化は起こらない。

(はずれ、か。結局ただの胡散臭い本だったな。はぁ、とりあえず風呂に入るか)

と、再び下の階に降りる。が、少し静かだなと思いつつ扉を開けて、変化に気づいた。


(なんだと……あんな適当だったのに…)

テレビの画面、時計の動き、果ては母や弟の動きまでもが、止まっていた。

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力はカとなりて マミロア @mamiroa0617

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