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「先週隣のクラスの子に告白されて、好きな人がいるって断ったそうだね」


 昇降口で靴をき替えていたら、小声でぶちこまれた。によによ。いつか田中がそう表現していた笑みを浮かべて、かばんを肩からげた結城ゆうきが後ろにいた。


「結城、怒らないからそれ話したやつ教えて」


 結城の視線が俺の横に移る。


「田中には言ってないよ」


 しゅんが悪びれずに答えた。今日はサッカー部が休みで、一緒に帰ろうとしていたところだった。顔をひきつらせる俺を無視して、結城に尋ねる。


「田中は?」

いくなら教室で日誌書いてる」

将真しょうま、田中に告白してきたら?」

「はあ!?」


 反射的に大きな声が出た。慌てて見回すと、「びっくりした」ちょうど下駄箱に来たクラスの友だちに笑われる。「ごめん、じゃあな」と俺も笑って返す。それから周りに聞こえないように声をひそめる。


「コンビニに行って来たら、みたいな調子で急に言われても」

「1年以上のどこが急だよ」


 俊も、黙ってこっちを見ている結城も、俺が田中を好きだと知っている。友だちとしてではなく、恋愛感情という意味で。


「一度断ったくせに、今さら都合良すぎるだろ」


 中学生のときに田中の告白を断っておいて、今さら好きだなんて言えない。


 田中は女子だけど話しやすくて、気の合う友だちだと思っていた。だから、田中がそういう意味で自分を好きとか思ってもみなかった。付き合っているやつらもいたけれど、自分には遠い出来事で、当然そういう対象として田中を見たことがなかった。『わからない』に向き合うより、気恥きはずかしさもあって逃げる方を選んだ。


 気持ちを自覚したときには、田中は告白する前と変わらない態度に戻っていた。遅かったんだ。また気まずくなるぐらいなら、仲の良い友だちでいる。そう自分に言い聞かせてきた。


「高橋君、ヘタレ」

「え」

「断ったことを後悔してるくせに、今度は伝えなかったことを後悔しそうだね」


 結城の言葉は、殴られるというよりも、ぐさっと体の内側まで刺しこまれたような衝撃だった。

 このまま背を向けたら、今までのように言い訳し続ける自分が想像できた。田中が誰かと付き合っても、相談なんかしてきたりしても、友だちとして。


(それこそかっこ悪い)


 答えは出た。今まで悩んでいたのがばからしく思えるぐらい、はっきりと。その答えに怖気おじけづく前に、またスリッパに履き替える。


「俊ごめん、先帰って。結城、ありがとう」


 呆れ半分、もう半分は俺の背中を押すように笑うふたりをおいて、階段を駆け上がる。踊り場の窓からまぶしいほど夕陽が差し込んでいた。


 3階までたどり着いて大きく息を吐く。心臓の鼓動が早いのは階段のせいだけじゃない。告白するってこんなに怖いんだ。


(田中も怖かった?)


 いつもははきはきと話す田中が、あの日は落ち着かないように言葉を選んでいたことに今さら気付く。


 教室の引き戸は上側の一部がガラスになっていて、後ろ側の引き戸から席に座るショートの髪型の後ろ姿が見えた。教室にはひとりしかいない。

 あのときとは逆。結果はどうなる。

 ごまかしてきた本音を伝えるために、取手とってに手をかけた。

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メビウスの輪 森野苳 @f_morino

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