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第85話

7月7日、七夕の夜。



長い昼が過ぎ去って、ラベンダー色の夜が下りてくる。


天気予報通りに今夜は快晴。


うちからは街の明かりのせいであまりよく星が見えないから、私たちは海辺のグランピング施設にやってきた。



北欧ブランドのコットン製のベルテント。


オレンジのやわらかな光のペンダントライトの下には、ゴージャスなローベッド。その下に敷かれた3畳分くらいのモロッカンフリンジのラグマット。中心のポールには丸いテーブルが通してあって、両側にイスが一脚ずつついている。奥には棚もある。入り口から外のデッキまではLEDのストリングランプが飾り付けられていて、とってもおしゃれ。


テントって、寝袋に入って転がるだけかと思っていたので、完全に目からうろこが落ちた。


家ですでに途中まで調理してきたハンバーグを、デッキのバーベキューグリルで焼いて仕上げをする。


ランタン型のLEDの明かりだけで、バースデーディナーを始める。


「誕生日、おめでとう」


「ありがとう」


メインが終わった後、発泡スチロールでできた小さなクーラーボックスをテントの中から引っ張り出してくる。



「前に一度ハンバーグはお披露目しちゃったから、今回はサプライズを用意したの。ほら見て!」


じゃ――――ん!という効果音を口で言いながら、私はクーラーボックスからこれまた家で作ってきた、3号サイズ(直径9㎝)のチョコレートパンナコッタをテーブルに載せた。


「あ」


「懐かしいでしょ?」


金色のハートの形のキャンドルを1本、火をともしてパンナコッタに立てる。瑛士の目の前にそれを置いて、私は彼の背後に回り、そっと耳元で囁いた。


「願い事をして、吹き消して」


「……だめだ。泣きそう」


「もう、そればっか! 先に吹き消してから泣いて」



瑛士はふ――――と吹き消した。すこし丸い部分が溶けたハートから、白い煙がかすかに立ち昇る。私は後ろから瑛士の頬にキスをした。


「願い事、した?」


「ああ、したよ」


「私にも、言っちゃだめだからね」


「言わない。でも、言わなきゃいけないことは言わないとな」



瑛士は私を抱きしめた。


「紗栄、家族になってほしい。それで俺が死ぬまで、毎年誕生日を祝ってほしい。その代わりに、これをあげるから」


A4サイズの封筒を瑛士はひらひらさせた。


「なに?」


開いてみると中には数枚の書類が入っていた。


「とよしま亭の権利書だよ。気づいてた? もともと、会社でなく俺の名義で買い取ってたんだ」


「えっ?」


「それからこっちは、おまけ」


彼は私の左手を取って、左の薬指に指輪をはめた。


ばら色のラウンドブリリアントカットの石の周りを、無色のパヴェが取り囲んだかわいい指輪。


「いやちょっと、おまけって……おまけってレベルじゃ、ないよね?!」



「それで、どう思う?」


「……しかたないな。特別に、望みをかなえてあげる」



瑛士は満天の星の下で笑った。


その笑顔を見て、私も微笑んだ。



手作りの3号サイズのチョコレートパンナコッタを、二人で食べる幸せ。


こんな幸せは、きっとほかのどこにも存在しない。



私たちはしばらくの間寄り添って、天の川を眺めていた。







【Fin】

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COOKING! しえる @le_ciel

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