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第84話
6月の3週目の授業のが終わった後、愛莉ちゃんがちょっとお時間よろしいですか? とみんなを引き留めた。
みんな、なんだろうと首をかしげながらも彼女の言葉に従って、後片付けのあとに自分の席についていた。
私もよくわからないまま、ホワイトボードの脇に椅子を持ってきて座って彼女の発言を待った。
愛莉ちゃんはホワイトボードの前に立ち、教室を見渡す。
こほん、とかわいらしい咳払いをして赤い眼鏡の縁を持ち上げてから、おもむろに腕をまっすぐに宙に伸ばした。
全員、彼女の指先を目で追って、頭の上に「?」を浮かべる。
すると、かたん、と音がして椅子から立ち上がった田所さんがその手をそっと握る。
何が始まるんだ? とみんなは二人を見つめる。
「田所さんと私、婚約しました」
えっ?
「ええええっっっ?!」
二人以外の全員が驚愕した。
ははぁ。
田所さんが同僚女性に襲われているときに身を挺して彼を守った愛莉ちゃん。もしや、あれから二人は……
『若い人たちより私はむしろ男でも女でも、もっと年上の人たちといたほうが快適です』って言ってたものね。
まあ、恋愛させてみようという私の目的は達成できたわ。
さすがにこれで、人間らしさを取り戻してくれるでしょう。
田所さんも、女性恐怖症を克服できたのね。
驚きのあと、パチパチパチ……と拍手が鳴り響く。
「いやぁ、田所さん! やるなぁ。そんな若い嫁さんを捕まえるなんて!」
上山さんが感心する。
「愛莉先生なら、間違いねぇ!」
愛莉ちゃんファンの浅井さんが嬉しそうにうなずく。
「おめでとうございます! それで、ご結婚の予定は?」
橋本さんがにこやかに尋ねる。
すると愛莉ちゃんとちらりと見つめ合ってから、田所さんがもじもじと言う。
「それは、そのぅ、とりあえず、藤倉さんと先生がご結婚されるまで待って、仲人さんになっていただこうかと思ってます、ハイ」
「おおおおおぉぉ~!」
おじさんたちが黄色い声を上げる。
私はぽかんと口を開いて固まる。
ちょっと、それって不確定未来なんですけど……あななたち、それでもいいの?
瑛士は……顔を覆って固まっている。耳まで赤い。
「僕も副社長が幸せになったら、だれか探して結婚したいです……」
財前さんが泣きまねをしながら言う。
ははは。でもその前にみなさん、忘れてはいけませんよ。
料理コンテスト、入賞しないと。
どうしても一度ちゃんと挨拶をしておきたいというので、高柿先生の別荘を管理しているお母さんの所へ瑛士と訪れた。
そこは車で2時間弱の海辺の町で、偶然にもお母さんの実家から30分ほどの高台にある。
まずは瑛士がとよしま亭に美桜さんと通っていた少年だったということに、お母さんは感激した。
美桜さんが亡くなってからはどうなったかと、ずっと気がかりだったそうだ。
その少年が藤倉会長の息子であり、サペレの副社長で千尋からとよしま亭を買った人物だと知って、さらに驚いていた。
そしてあんなに怒ってサペレに殴り込みに行った私が今お付き合いをしている人だと知って、すっかりテンションが高くなってしまった。
「それだけじゃないのよ、お母さん。もう一つ、驚愕の事実があるんだけど」
「この上どんなことで驚かそうというの? もう十分、驚いたわ」
「実は美桜さんは、高柿先生の実の娘さんだったらしいの。だから瑛士は高柿先生の実の孫だった、って……私たちもついこの前知ったの」
「えええ? まあ! それも驚きね」
――実は、もう一つあるけど。
それは私も見捨てた千尋を拾って更生させてくれたことだけど、もうすぐ初ボーナス(働き始めて数か月だから、通常より少ないだろうけど)を渡しに来るだろう本人から聴けばいいと瑛士が言ったので、それは黙っておく。
私が千尋を見直したことも、今度また改めて教えようと思う。
それから私のお父さんの墓参りと、美桜さんの墓参りにも一緒に行った。
そしてあわただしく6月は過ぎた。
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