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第83話

私の兄、千尋。



成人式以来見たことのない礼装で、しかもそれが結構板について見えた。


伸ばしていた髪はすっきりと切りそろえ、表情が穏やかな余裕に満ちていて、年相応のまじめな会社員というように見えた。




「久しぶり」


少し気まずそうに照れながら、千尋は頭を搔いてぼそぼそと言った。


「うん、久しぶり。なんか、雰囲気変わったね。落ち着いて見えるよ」


「そうか? はは……」


私たちは、壁際の椅子に座ってぎこちなく会話を続けた。


「千尋、いま、どこで何してるの?」


「ああ、サペレの広報課でウェブサイトの担当してるんだ」


「えっ?! サペレで働いてるの?」


「うん。あの次の日に、瑛士さんが。うちの会社でまじめに働いて、お前の信頼を取り戻してお母さんを安心させてやれって。縁故中途採用で社員にしてくれたんだよ」


「なっ……! あんた、チート入社もいいとこね‼」


「だよな。みんなからそう言われるだろうし実際にそうだから、ヘマして俺のメンツをつぶさないでくれって、瑛士さんに言われた。俺、まともに就職して3か月以上続いたことがなかったけど、もらった最後のチャンスだと思って、生まれ変わったつもりで頑張ることにしたんだ。まだまだ給料安いけど、そのうちちょっとずつお前の貯金分は返していくよ。来月は初のボーナスも出るから、そしたら堂々と母さんに会いに行くし、父さんの墓参りにも行く」


私はしげしげと、目の前の男を見つめた。


「千尋……やっと、目が覚めたのね……」


千尋は照れてうつむいた。


「はは……情けないよな。今までの自分は黒歴史すぎるよ。俺は小さい頃からいつも、お前に劣等感を持っていたから」


「え?」


「お前はすごく小さい時から料理人になって店を継ぐって言ってた。器用で、何でもそつなくこなして、学校の成績も塾なんて通わなくてもいつも優秀だった。俺は何をやってもダメで、いつもお前が長男で、俺が妹ならよかったのにって思ってた」




そんな。




あんたも、そんなことを思ってたの?




「でも父さんがさ、言ったんだ。紗栄はしっかり者だから、店を継いだら立派な店主としてやっていってくれるだろう。でもあの子には、そんな苦労はさせたくないんだ。普通に嫁に行って、時々孫を見せに連れてきてくれて、自分の家族の幸せを考えていってほしいんだ。だから店の行く先はお前に託す、似るなり焼くなりお前の好きにしろって」


「……」



「お前の思いがあんなにも強いって、わかってなかったんだ。結果的にはお前を傷つけて、貯金まで失くして、俺は本当にひどいことをした。ごめんな。これから少しづつ、誠意を見せて償っていこうと思ってる」


「千尋……本当に、本人? なかみ違う人が入ってるとかじゃないよね?」


「にわかには信頼を取り戻せないとは思ってたけど、やっぱりお前はキツいな」


千尋は苦笑する。


「今までが今までなだけに、信用回復は難しいと思ってね」


「ははは。がんばるよ。でも、俺の大失敗も、悪いことばかりじゃなかっただろう? 少なくとも、お前と、あの人にとっては、ね」


千尋は人混みの中心で囲まれている瑛士を見た。


「サペレの副社長が、俺の未来の義弟とはね」


「まだどうなるか、わからないからね! でもお願いだから、変な期待して会社にもあの人にも迷惑はかけないようにね!」


「わかってるよ」



私が見放したヘタレを、ちゃんと気にかけてくれていたんだね。しかも、改心までさせちゃって。


じっと見つめていると、瑛士と目が合った。軽く手を振ると、すごく魅力的な笑顔が返ってきた。私と出会う前は笑顔なんて見せたことのない冷血無表情なつまらない上司だったと、財前さんと片瀬さんが言っていたけど。


あんな笑顔を向けられたら、人混みをかき分けて飛んで行って抱きしめたくなるわ。



創立記念パーティは、和やかに終わった。


Sクラスのみんなも、大企業のゴージャスなパーティをそれぞれに楽しんだみたい。




ああ、Sクラスのことと言えば……

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